2013 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
25620018
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Research Category |
Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 物理化学 / 分光学 / 溶媒和電子 / ミセル |
Research Abstract |
界面活性剤が形成するミセルの疎水部にピレンを可溶化させた.このミセル水溶液に紫外光パルスを照射することでピレンを多光子イオン化し,ミセル疎水部で電子を生成させた.ミセル疎水部で生成した電子が,極性がより大きな水相に移動して溶媒和(水和)し,安定な水和電子が形成する過程を,フェムト秒時間分解近赤外分光計を用いて観測した.実験には,学習院大学において研究代表者らが開発しているマルチチャンネル方式のフェムト秒時間分解近赤外分光計を用いた.紫外光照射による試料の損傷を避けるために,ミセル水溶液を循環させながら分光測定を行った. 平成25年度は,アニオン性界面活性剤である硫酸ドデシルナトリウム(SDS)とカチオン性界面活性剤である塩化ドデシルトリメチルアンモニウム(DTAC)のそれぞれが形成するミセルの水溶液,およびこれらの界面活性剤の疎水基と同じ数の炭素ともつドデカンの3種類の溶液中において電子を発生させ,その溶媒和過程を測定した. 実験の結果,2種類のミセル水溶液では,光照射直後に900から1600 nmにかけて広がる幅の広い吸収帯が観測された.これは,光イオン化によって生じた電子による吸収帯である.この幅の広い吸収帯の形状は数百フェムト秒後に変化し,吸収極大は可視領域へと移動した.ドデカン溶液では,光照射直後にはミセル水溶液の場合と同様に900から1600 nmにかけて広がる幅の広い吸収帯が観測された.しかし,ミセル水溶液の場合とは異なって,1ピコ秒後になってもこの幅の広い吸収帯の形状は変化しなかった. 2種類のミセル水溶液中での実験の結果を比較すると,SDSのミセル水溶液中の方がDTACのミセル水溶液中よりも電子の水和に要する時間が長かった.これは,電子がミセル疎水部から移動する過程で,界面活性剤の親水部の電荷に依存して移動速度が変化することを示唆している.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成25年度には,性質が異なる2種類の界面活性剤がつくるミセル中に可溶化した色素分子を多光子イオン化して,そのときに生じた電子が水和する過程をフェムト秒時間分解近赤外分光法で観測することができた.研究実績の概要に記したとおり,光照射直後は,生成した電子による幅の広い吸収帯が波長900 nmから1600 nmにかけて観測された.この吸収帯の位置と形状はドデカン溶液中で生成した溶媒和電子の吸収帯と一致しており,この時点では電子はミセル疎水部に留まっていて,電子と溶媒との相互作用が小さいことを示している.その後,数百フェムト秒後には,吸収極大が通常の水和電子と同じように可視域に移動している.この時間領域までに,ミセル疎水部で生成した電子がミセル外部の水相に移動したことを示している.この電子の移動に要する時間は,アニオン性の界面活性剤(ドデシル硫酸ナトリウム)によって作られたミセル中で電子が生成した場合の方がカチオン性の界面活性剤(塩化ドデシルトリメチルアンモニウム)によって作られたミセル中で電子が生成した場合よりも長かった.このように,ミセル疎水部で生成した電子がミセル外部の水相に移動してそこで水和するまでの過程を,分光実験によって詳細に調べることができた. ミセル疎水部で電子を発生させて,その電子が水相に移動してそこで水和するまでの過程を近赤外分光法によってフェムト秒時間分解測定できたのは,研究代表者の知る限りでは最初の例である,研究を計画した時に期待した通りの成果を挙げることができたと考える.
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Strategy for Future Research Activity |
平成26年度には,平成25年度に引き続いて各種の分光測定を行って,長寿命溶媒和電子を得るために最適な試料系を探索する.すでに,平成25年度の研究において,界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)および塩化ドデシルトリメチルアンモニウム(DTAC),可溶化する色素としてピレンを用いた系が実験に適していることが判明しているが,その他の組み合わせも考慮する.水和電子の発生効率が高く,かつ水和電子の寿命が長い試料系を見出すことができれば,さらによい. 界面活性剤は,アニオン性界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩(C12H25-(C6H4)SO3Na)や脂肪酸塩(セッケン,C11H23COONa)など),カチオン性界面活性剤(アルキルトリメチルアンモニウム塩 (C12H25-N(CH3)3・Cl)など),および非イオン性界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル(C12H25-O(CH2CH2O)8H)など)の三種類に分類される.これらの界面活性剤がミセルを作ると,ミセル疎水部と水相との境界にはそれぞれ異なる符号の電荷をもった極性基が配置される.ミセル疎水部で生成した電子が水相に移動する際,あるいは水相で水和した電子がミセル内のカチオンと再結合する際に,疎水部と水相の中間に位置する極性基の電荷がどのように影響するかについて,詳しく調べる.有機溶媒中で光イオン化することが知られている分子には,ピレン以外にもtrans-スチルベンやビフェニルなどがある.ピレン以外の分子を使って電子の水和過程を調べることを考慮する. 平成25年度には,近赤外領域に加えて可視領域でのフェムト秒時間分解分光測定行える分光実験装置を整備した.平成26年度は,分光測定に利用する波長領域を可視領域にまで拡大して,電子の水和過程をより詳細に解明することをめざす.
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度は,主要な実験装置であるフェムト秒時間分解近赤外分光計の光源であるフェムト秒レーザーシステムが不調となった期間が発生したこともあって,当初想定したよりも光学素子,電子部品の消耗および損傷,ならびに試薬の消費が少なかった.そのために,主として物品費において直接経費の次年度使用額が発生した. 平成26年度は,次年度使用額を合わせた金額を主として光学素子と電子部品の補充および更新のために使用して,フェムト秒時間分解分光計の性能を向上させる.現段階では,本事業の申請時に比べてフェムト秒レーザーシステムの維持のための経費が増加している.これらのレーザーシステムの維持管理のためにも次年度使用額を使用する予定である.
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Research Products
(5 results)