2014 Fiscal Year Research-status Report
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25620018
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 物理化学 / 分光学 / 溶媒和電子 / ミセル |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題の遂行においては,寿命が長い溶媒和電子を検出することが重要である.水中での多光子励起によって生成した溶媒和電子(水和電子)は数ピコ秒で減衰する.それに対して,ミセル水溶液中ではピコ秒を大きく超える減衰の時定数をもつ長寿命の水和電子が存在することが,前年度までの研究によって明らかになっている.これは,通常の水和電子とは大きく異なる.今年度は,この長寿命の水和電子の挙動を明らかにするために,ピコ秒よりも長いナノ秒あるいはマイクロ秒の時間領域における時間分解測定が可能な時間分解可視吸収分光計を構築した.この分光測定を実現するために,本補助金で光センサモジュールとしてキセノンフラッシュランプモジュールを新たに購入した.このキセノンフラッシュランプの発光波長は可視領域全域におよび,発光の時間幅は数十マイクロ秒である. 新たに購入したキセノンフラッシュランプと,学習院大学に既設の分光器および光電子増倍管,ポンプ光を供給するフェムト秒パルスレーザー,このフェムト秒パルスレーザーと光の検出の間のタイミングを同期させるための電気回路,および信号処理をするデジタルオシロスコープを組み合わせて,ナノ・マイクロ秒領域での時間分解可視吸収分光計を新たに構築した.測定全体の制御のためのソフトウエアも新たに開発した.その結果,ポンプ光を供給するフェムト秒パルスレーザーと同期したナノ・マイクロ秒の時間領域での時間分解可視吸収分光スペクトルの測定が可能となった. メタノールおよびエタノール中において生成させた溶媒和電子の時間分解近赤外吸収スペクトルの測定結果を詳しく解析して,これらの溶液中での電子の溶媒和過程について考察した.溶媒和電子による吸収帯の位置が時間に対して連続的に変化することから,メタノールおよびエタノール中での電子の溶媒和過程が連続的に進行することが強く示唆された.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成26年度は,後述のように,本研究課題における主要な実験手段である「フェムト秒時間分解可視吸収分光法」および「フェムト秒時間分解近赤外吸収分光法」の光源として利用しているチタンサファイア再生増幅システムに付随する冷却水循環器および同システムの制御電子回路の不調が続いた.そのため,チタンサファイア再生増幅システムを安定して運用することができない期間が発生した.このために,レーザーを利用したフェムト秒時間分解分光測定の実験に遅れが出ている. 一方で,レーザーではなくキセノンフラッシュランプを利用したナノ・マイクロ秒時間分解可視吸収分光計を構築することは実現した.ポンプ光にはフェムト秒レーザーの出力を用いることで,長寿命の溶媒和電子の挙動を詳細に調べるための手段が揃った. アルコール中での電子の溶媒和過程が連続的であることは,これまで自明ではなかった.実験をもとにアルコール中での電子の溶媒和が連続的に進行することを主張することができたことは,重要な貢献であったといえる. 今年度の研究では,装置の不調による遅れが発生した.その一方で,新たな分光実験の装置を構築し,アルコール中での電子の溶媒和について重要な知見を得ることができた.以上の経緯を総合的に勘案して,現在までの達成度を「やや遅れている」と判断した.
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度には,フェムト秒時間分解可視吸収分光法およびフェムト秒時間分解近赤外吸収分光法に加えてナノ・マイクロ秒時間分解可視吸収分光法を利用して,長寿命溶媒和電子の生成と安定化,および減衰の挙動を観測する.界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)および塩化ドデシルトリメチルアンモニウム(DTAC),可溶化する色素としてピレンを用いた系を中心にして,ミセル溶液中に存在するミセル疎水部での多光子イオン化によって生成した電子の溶媒和過程を明らかにする.生成直後の電子は,波長900 nm以上の近赤外部に吸収帯を持つ.溶媒和の進行にともなって,電子のエネルギーが安定化して,近赤外部の吸収帯は高エネルギー側の可視部へと移動する.フェムト秒の時間分解測定を可視領域にまで拡張することで,生成した電子の溶媒和過程をより詳細に測定することができるようになる.さらに,平成26年度に構築したナノ・マイクロ秒時間分解可視吸収分光計を利用することで,ミセル水溶液中で生成した長寿命水和電子の寿命を正確に測定する. ミセルを形成する界面活性剤の極性や疎水基の長さを変化させてそれぞれのミセル水溶液での電子の溶媒和過程を測定する.界面活性剤として,アニオン性界面活性剤(アルキルベンゼンスルホン酸塩(C12H25-(C6H4)SO3Na)や脂肪酸塩(セッケン,C11H23COONa)など),カチオン性界面活性剤(アルキルトリメチルアンモニウム塩 (C12H25-N(CH3)3・Cl)など),および非イオン性界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル(C12H25-O(CH2CH2O)8H)など)の利用を検討する.これらの実験の結果を比較検討することで,長寿命の水和電子を得るために必要な条件を明らかにする.
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Causes of Carryover |
本研究課題の遂行に際しては,溶媒和電子の生成およびその状態の時間変化を観測するための「フェムト秒時間分解可視吸収分光法」および「フェムト秒時間分解近赤外吸収分光法」が重要な実験手段となる.これらの2種類の時間分解分光法のための分光測定システムは,共通して,光源の主要な構成要素としてチタンサファイア再生増幅システムを利用している.しかし,平成26年度は,このレーザーシステムに付随する冷却水循環器および同システムの制御電子回路の不調が続いた.そのため,同年度には,チタンサファイア再生増幅システムを安定して運用することができない時期が続いた.その結果,年度当初には購入を予定していた,新たな分光測定のために必要となる光学素子や試薬などの購入の一部,および研究成果発表のための旅費の支出を年度内は見送ることにした.このような理由で,次年度使用額が生じた.
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成27年度は,平成26年度末までに修理が完了したチタンサファイア再生増幅システムを光源に用いて,「フェムト秒時間分解可視吸収分光法」および「フェムト秒時間分解近赤外吸収分光法」を用いた溶媒和電子の分光測定の平成26年度に完了する予定であった部分を完了する.さらに,平成27年4月から大学院博士前期課程に進学した大学院生1名の協力を得て,レーザーではなくフラッシュランプをプローブ光源として利用するナノ・マイクロ秒領域での時間分解可視吸収分光法の測定装置の構築を加速する.この分光測定によって,長寿命の溶媒和電子の緩和過程を観測することが可能になる.平成27年度には,これらの実験のために必要となる光学素子や試薬などの物品の購入費や成果発表のための旅費を支出する.
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Research Products
(6 results)