2013 Fiscal Year Research-status Report
精神分析的人間学と情動の問題圏―フロイトの『オイディプス王』読解の思想史的一評価
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25770026
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Research Category |
Grant-in-Aid for Young Scientists (B)
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
佐藤 朋子 東京大学, 総合文化研究科, 教務補佐員 (70613876)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 二〇世紀思想史 / 精神分析 / ドイツ:フランス / フロイト / 『オイディプス王』 / 情動 / 不安 / トラウマ |
Research Abstract |
精神分析の創始者フロイトはソポクレス作の『オイディプス王』を読解し、この悲劇の基本的な構成を父殺しの欲望と母への近親姦的欲望の実現に認めた。さらに、その読解図式の応用を通じて、種々の芸術作品や文化、集団心理等をめぐる考察を組織的に展開し、人間学的と形容すべき言説の総体を構築した。本年度は、彼のそうした行論の決定的な契機における情動の問題の介入を明確にすることを試みた。 まず、オイディプスが登場する叙事詩や悲劇が数あるなかでソポクレスの作品がフロイトにとってもつ特権性を考察し、それが情動的条件(とくに、外的な脅威たる「悪疫」が引き起こす不安)によって規定されていることを明らかにした。成果を日本人間関係学会部会〈文学と人間関係〉研究会の編になる研究書に発表した。また、情動的条件の成立に関わる読者の問題が20世紀のフランスの諸議論を通じて先鋭化する可能性を示し、その成果を日本フランス語フランス文学会で口頭発表した。 ついで、1890年代の「心理学草案」から『夢解釈』、「欲動と欲動運命」を経て1920年の『快原理の彼岸』にいたるまでの著作でフロイトが取り組んだ欲動理論の錬成を整理した。その整理を踏まえて、爾後フロイトが前面に押し出す、生の欲動と死の欲動の「混淆」という観念の重要性を再確認し、また、欲動理論を含む心理学的言説(メタ心理学)の基礎を補完するというトラウマ的場面の語り(よって痛みという情動の発生についての語り)の役割を明らかにした。成果の一部を日本ラカン協会の機関誌に発表した。 以上の研究は、フロイトによる読解対象の画定および個人心理学の分節における情動の問題の介入を明確にするという意義をもつ。また、精神分析固有の人間学的探究が方法論上および言説上でもつ特徴を新たに明らかにすることを通じて、広く人文学の営みにとってそれがもつ可能性を再考することに資するという重要性をもつ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
フロイトの『オイディプス王』の読解における情動の問題の介入とその諸相を明確にするという作業を着実に進め、研究成果を順次論文にまとめて発表しているため。そしてそのことにより、「情動」の問題圏との連関において精神分析固有の人間学的言説の特徴を明らかにするという目的の一部を達成したため。また並行して、現代フランス思想研究における新たな論点の開発という目的についても一部達成しつつあるため。
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Strategy for Future Research Activity |
ひきつづき、フロイトの著作の検討と20世紀のフランスにおけるその受容の分析を作業の二軸として研究を推進する。 フロイトの著作としてはとくに、マゾヒズム研究、『制止、症状、不安』、文学作品論(「舞台上の精神病質的人物」、ハムレット論、ドストエフスキー論など)、社会・文明論および集団心理論(『トーテムとタブー』、「転移神経症の概説」、『集団心理学と自我分析』、『モーセという男と一神教』など)を取り上げる。まず、これまでの研究の成果を総合しながら、メタ心理学と生物学的言辞と人間学的言説(集団心理学を含む)の連接点に「痛み」の問題が位置づけられることを論証する。また、悲劇作品がもたらす「痛みを帯びた快」ないしマゾヒズムの問題の発展を明確にし、エディプス・コンプレクス理論や幻想の定式一般との関連でその発展の意義を評価する。あわせて、「不安」(とくに「去勢不安」)および「喪=悲しみ」とそれぞれに固有の幻想にも注目し、フロイトの人間学的言説がもつ、不快な情動の発生を説明するために構築された歴史的表象としての性格を浮き彫りにする。 20世紀のフランスにおける受容に関してはまずいくつかの事象を個別にとりあげる。直近の作業としては、『オイディプス王』の読解をめぐって生じた分析家アンジューと古代ギリシア研究者ヴェルナンの論争の争点についての研究を論文としてまとめることと、分析家アブラハムのエディプス・コンプレクスについての知見を再構成することを予定している。またデリダの「情動」観の解明、ラカンの不安理論の思想史的評価、(ポスト)構造主義という文脈において精神分析的言説が占める位置の検討のために一次文献、二次文献の読解作業を進め、平成27年度以降に行う予定の発表を用意する。 主な発表場所として国際精神分析・哲学学会年次大会、日本ラカン協会、日本フランス語フランス文学会、日仏哲学会を予定。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
海外から取り寄せた文献が見積もりよりも高額になり、今年度予算内に収まらなかったため私費で購入した。それにともない、その購入に充てることを当初予定していた額が残った。 生じた次年度使用額は文献購入費の一部とする。なお平成26年度分の助成金は、文献(フロイトの仕事についての二次研究、1950年代から1970年代を中心としてフランス語で発表された精神分析研究、20世紀後半のフランスの哲学者や古代ギリシア研究者、文学研究者の著作)購入費、パソコン関連用品および文房具類の購入費、フランスでの資料収集のための経費、学会参加のための旅費、発表の経費として使用する予定。
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