2014 Fiscal Year Research-status Report
精神分析的人間学と情動の問題圏―フロイトの『オイディプス王』読解の思想史的一評価
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25770026
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
佐藤 朋子 東京大学, 総合文化研究科, 教務補佐員 (70613876)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 二〇世紀思想史 / フロイト / フランス / 精神分析 / 文学研究 / 『オイディプス王』 / 情動 / 幻想 |
Outline of Annual Research Achievements |
精神分析の創始者フロイトはソポクレス作の『オイディプス王』を読解し、この悲劇の基本的な構成を父殺しの欲望と母への近親姦的欲望の実現に認めた。さらに、その読解図式の応用を通じて、種々の芸術作品や文化、集団心理等をめぐる考察を組織的に展開し、人間学的と形容すべき言説の総体を構築した。昨年度の研究を継続、発展させながら、本年度は、この人間学的言説の構築に対する情動の問題の位置を具体的な論点とともに明確にすることに努めた。 フロイトの理論と彼の弟子フェレンツィの理論の比較研究を行った。不快な情動の反復としての逆転移を説明するにあたって、フェレンツィが原トラウマの仮説を提案するのに対して、フロイトは個人心理学から集団心理学への遡行に向かっていることを明らかにした(成果の一部を口頭発表)。 フロイトの『オイディプス王』読解とその図式化にみられる特徴について20世紀後半のフランスにおいて素描された問題や論点を発掘し再評価した。分析家アンジューと歴史心理学の見地に立つヴェルナンの論争を検討し、読者の身体と情動の問題の連接が前者の主張の核心にあることを指摘した(成果を論文で発表)。分析家アブラハムの精神分析観と「幻想」観念を検討し、エディプス・コンプレックスに従来与えられてきた特権性を問題化する可能性を彼が用意したことを明確にした(成果の一部を口頭発表)。 以上の研究は、国内外の思想史研究において評価が進んでいない議論や論争について新たな文脈や射程を指摘することにより、1920年以降の精神分析の言説的平面での発展や人文学と精神分析の接触と交流についての理解の促進に貢献を試みたものである。またその全体を通じて、フロイトが論じる「幻想」について、個人心理学と集団心理学に共通の問題の地平を構成するという特徴とその重要性を浮き彫りにした。この成果は来年度以降の研究で生かされる予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画で平成26年度に予定していた作業のうちの約3分の1にあたる、1920年以降のフロイトのメタ心理学的著作の検討を行い、心的構造についての理論(メタ心理学)と身体をめぐる言説(生物学的言説)と集団心理学的言説(あるいは、本年度の成果を踏まえて言い直すならば、幻想の記述)の相互的な関係を明らかにするという目標を達成することができた。 また、平成28年度の計画の約3分の1を前倒しして実施し、フランスの(ポスト)構造主義の潮流のなかで再錬成されたエディプス・コンプレックスをめぐる言説の特徴の明確化にとりくみ、一定の成果を得ることができた。 さらに、概観のみで済ませる予定であったアンジューやヴェルナンおよびその周辺の著述家の仕事の意義に気づき、それらを本格的に検討、再評価することによって、(ポスト)構造主義による再錬成の前史に相当する文脈がこれまで認知されてきたよりも広がりをもつことを示すという、当初期待していなかった成果を得ることができた。 他方で、本年度に予定していた作業のうちの約3分の2を占めるフロイトの文学作品論の検討が遅れ、本年度中に成果を発表するまでに到らなかった。平成27年度および28年度にこの作業を完遂し、成果を発表し、目標の達成を図る予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の2年間で、フロイトの「幻想」の考えにみられる、個人心理学と集団心理学に共通の問題の地平を構成するという特徴と、不快な情動の解消をシナリオの形で表すという特徴の再評価に取り組む。その上で、一般的な性格をもつ幻想の開示に向けてフロイトの『オイディプス王』読解がもつ可能性をあらためて指摘すると同時にその限界を画定することを試みる。 平成27年度は次の3つの課題に集中的にとり組む。 (1)フロイトの思索の発展(1900-1938年)を整理した上で、彼の言説において幻想の記述が占める位置、とくにメタ心理学および生物学的命題と幻想の記述の分節を明確にする。その明確化を踏まえて、(フロイトの『オイディプス王』読解の図式的表現としての)エディプス・コンプレクスが、従来のフロイト受容においてしばしば主張されてきた生物学的現実のうちにではなく幻想の実効性のうちに根拠をもつ観念であることを論証する。 (2)フロイトの夢や失錯行為、神経症症状の分析を検討し、自由連想を通じて幻想が明るみにだされるまでの過程を図式的に呈示する。自由連想を、主体の個人史上の出来事に基づく連想とそれ以外の連想に区別し、さらに後者を、a)語の音韻上、形態上の類似に基づくもの、b)語の意味に基づくもの、c)主体に隠された語の意味に基づくもの(すなわち象徴に基づくもの)の3種に区別する。 (3)フロイトの機知論において上記のa)およびb)のタイプの連想が考察されていることを指摘し、機知の快とその発生および共有の条件をめぐる議論において粗描されている転移の問題の複雑化とその諸帰結を明確にする。 当初の予定に含まれていた不安をめぐるラカンの言説の検討については、計画を縮小した上で、上記の(1)との関連で遂行する。また同様に(1)に関連して参照するラプランシュとポンタリスの幻想論について、その思想史上の意義を独立に検討する。
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Causes of Carryover |
国内での資料収集活動が期待以上に順調に進んだため、当初予定していたフランスでの収集活動を取りやめた。それにともない、物品費が増えた一方で旅費が大幅に減り、全体として4万円弱の次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
発表や資料収集活動のために必要になる旅費の一部に組み込む。
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Research Products
(5 results)