2015 Fiscal Year Research-status Report
精神分析的人間学と情動の問題圏―フロイトの『オイディプス王』読解の思想史的一評価
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25770026
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
佐藤 朋子 東京大学, 総合文化研究科, 研究員 (70613876)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | フロイト / 精神分析 / フランス / 情動 / 幻想 / エディプス・コンプレクス / ラプランシュ / ポンタリス |
Outline of Annual Research Achievements |
精神分析の創始者フロイトはソポクレス作の『オイディプス王』を読解し、この悲劇の基本的な構成を父殺しの欲望と母への近親姦的欲望の実現に認めた。さらに、その読解図式の応用を通じて、種々の芸術作品や文化、集団心理等をめぐる考察を組織的に展開し、人間学的と形容すべき言説の総体を構築した。昨年度は、この人間学的言説の構築に対する「情動」の問題の位置を明確にする作業を通じて、「幻想」という視座の重要性、とくに、個人心理学と集団心理学に共通の問題の地平を構成するというその特徴を浮き彫りにした。昨年度のその結果を踏まえて、本年度は、当初からの仮説をあらためて検討し、最終的に、その仮説の一部を修正する可能性と必要があるという結論にいたった。すなわち、上述の「読解図式」、あるいはフロイトの言葉でいうならば「エディプス・コンプレクス」は、本研究がフロイトにしたがって当初想定していたところとはことなり、理論的定式というよりは、むしろ、幻想の語りを図式化したものと定義すべきであるという結論である。この結論と同時に、研究課題に掲げた「精神分析的人間学」をその総体において論じる見通しが立った。なお、2016年度以降の研究では、この見通しのもとで研究を進め、成果を1つにまとめて発表する予定である。 発表活動として、本年度はとくに、1960年代後半以降のフランスにおける「幻想」の問題の深化にとって決定的であったラプランシュとポンタリスの仕事の意義を再評価する口頭発表を行った。またフランスの精神分析家ドルトのエディプス・コンプレクス解釈や哲学者デリダのフロイト読解に関する研究の成果の一部を口頭発表した。フロイトの文学作品論および芸術論の意義を情動の問題との関連において明確にした研究の成果は論考の形で今後発表する予定であるが、それに先立ち、本年度は、群馬県立女子大学で担当する講義のなかでその概要を公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度はとくに発表活動に遅れが生じたが、それは主に、次に挙げる2つの要因によるものである。まず、本年度は、本研究開始時に立てた仮説を再検討し、部分的に修正した。それは、研究課題を最終的に達成するために必要な作業であったが、計画外であったため、結果的に、研究の進捗を全般的に遅らせることになった。また、教育活動に従事する時間が増加するという予定外の事態が生じた。それにともない、研究活動のために利用できる時間が当初の想定よりも短くなった。 本年度に生じた遅れは、しかしながら、研究課題の遂行にとって深刻なものではなく、2016年度の研究で大部分補償できるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
既発表あるいは未発表のこれまでの研究成果を次のような構成でまとめ、1つの研究として発表し、課題の達成を図る。以下の(1)(2)においては、フロイトの夢分析や症例研究、心理学理論とその関連二次文献を、(3)においては、フロイトの文学作品論や造形芸術論、文化論、共同体論、宗教論、社会批評などのいわゆる応用分析のテクストとその関連二次文献を読解する。 (1)分析実践から言説の展開へという手続きの観点から、フロイトの言説の複合的な性格を明確にし、メタ心理学、生物学的命題、幻想の語りという3つの異なる位相の言説をその本来的な構成要素として抽出する。 (2)フロイトにおいては、快原理(すなわち情動の問題)の措定によって、上記の3つの異なる位相の言説が有機的に関連づけられていること、また身体の問題の所在が指定されていることを明確にする。 (3)フロイトがさまざまなテクストで展開する応用分析について、幻想の語りの探究という水準で確認される方法的一貫性と、探究方法の原理に由来する必然的な恣意性とを指摘する。またフロイトの仕事全体のなかでの応用分析の位置を明らかにし、それを再評価する。 全体の総括において、情動的な存在としての人間の理解に向けてフロイトが開発した方法の可能性と条件を明確にし、人文学の諸分野にとってのその意義を考察する。 上記に並行して、20世紀後半の人文学の諸分野におけるフロイトの仕事の受容、とくにフランス語圏や英語圏におけるエディプス・コンプレクス理論をめぐる議論を検討し、フロイト後の応用分析の可能性についての研究に着手する。主な読解対象としては、デリダ、ラカン、ラプランシュ、コフマンのテクストを予定している。
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Causes of Carryover |
研究の遅れに伴い、当初計画していた海外での発表活動や資料収集活動の一部を実施しなかった。それに伴い、旅費が大幅に減り、全体として40万円弱の次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
海外での発表や資料収集活動のために必要な旅費とする。
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