2014 Fiscal Year Research-status Report
1930~40年代の朝鮮、台湾、満洲における日本語文学と〝言説の磁場〟の検討
Project/Area Number |
25770090
|
Research Institution | Hokusei Gakuen University |
Principal Investigator |
宮崎 靖士 北星学園大学, 社会福祉学部, 教授 (10438351)
|
Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
|
Keywords | 日本文学 / 近代文学 / 台湾文学 / 日本語政策 / 言説 / 張文環 / 龍瑛宗 / 安藤正次 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、1940年前後の台湾文壇における日本語使用をめぐる言説傾向を明らかにすべく、主に次の2点からの検討を行った。第1には、この時期に発表された日本語文学テキストの特質を検討した。その中でも特に注目したのが、張文環と龍瑛宗の表現傾向である。1939~43年の間におけるその変遷を追跡すると、張文環の場合は、まず物語行為で物語内容の統一性を阻む傾向から始まり、続けて、既にない/姿を消しつつある存在や事柄に物語内容の統一性を集約させる傾向に移り、その上で、台湾に関する既成のイメージや物語のパターンからの逸脱を顕示するに至るという次第が認められた。また龍瑛宗の場合は、視点人物が、偶然に出会った出来事や日常の1コマに外国文学を中心とするイメージを付与することでそれを芸術化する傾向から始まり、続けて、台湾の制度や歴史・社会性にとらわれ、解決・脱出口が見出し難い主人公を象徴的に描く作風へと移行し、その上で、弱い者や小さな存在、及びその周囲の人間を含めた個々人の人生模様をめぐる美談を描くに至ることがわかった。 そして第2には、日中戦争開始以降に実施された日本語政策と、その中での日本語研究者の言説を検討した。その中でも特に注目されたのが、安藤正次の動向である。その特質は、日本語使用を同化の手段としない点に求められ、それは総督府による日本語政策の立場と明確に異質なものであった。 以上の検討成果をまとめると、台湾人をめぐる表象を行う上で、それを台湾人の全体や本質を代表するものとして理解されることを回避し、そこから認識のレベルで台湾人の固有性が失われないようにする配慮を伴うことで、必ずしも同化と結びつかない日本語使用の認識や実践が、個別の作家や論者の営みに限定されないものとして認められた。そのような事態を、台湾における〝言説の磁場〟のありようとして理解できた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度の研究に関する達成度は、最高の(1)とした。その理由は、第1に、当初の計画にあげた検討項目としての、1940年前後の日本語文学テキストの特質と、日本語政策をめぐる諸言説の傾向を包括的に分析することができ、かつそこから台湾における〝言説の磁場〟を浮き彫りにすることができたからである。そして第2には、上記の傾向が、日本語使用をめぐる抑圧と抵抗という構図からは把握できないものであり、かつ同時代における楊逵や呂赫若等の台湾人作家や、西川満や濱田隼雄等の在台内地人作家の表現傾向にも認め得るものであることがわかった。即ち件の傾向は、上記の3名の言説に限定されるものではなく、当時の代表的な日本語作家の間に広く認められ得ることが推測できた。 更に重要なのは、この傾向が、同時代に展開された台湾民俗学の言説傾向とも呼応し得るものであり、更にまた、従来の台湾文学史における「皇民文学」の把握にも新しい視点を提供する点である。特にこの点については、藤井省三氏による「言語的同化を通じて本島人化されたという台湾人の植民地経験」が、しかし「共同意識の形成を助け、台湾大のナショナリズムが萌芽した」という指摘と対照するとき、そのような事態の進行と同時並行的に展開された、ただし必ずしも同化に収束しない日本語使用をめぐる集団的実践の様相を示すものとしての意義があると考える。 そのように学際的研究への発展を可能とし、かつ台湾文学史の理解にも新視点を提供できる知見を得られた点において、今年度の研究成果は当初の想定を超えるものであった。
|
Strategy for Future Research Activity |
提出済みの「研究計画・方法」に従い、平成27年度は満洲における事例を検討していく。なお、検討の手順及び方法的な側面に関しては、当初の予定に加えて、平成25、26年度における検討成果を加味した作業を展開していく。 その中で特に留意する点は、以下の2点である。まず第1には、各地の〝言説の磁場〟を抽出する際に、多くの作家や詩人、評論家のテキストをまずは包括的に検討し、その上で個別の対象へと絞り込んだ上で、表現者各自における事情や動機に基づく日本語認識を精査すること。そして、そこからそれぞれの個別性を保持しつつ、それらの集積として事態を把握することである。そして第2には、朝鮮、台湾、満洲の事例に関して、各々の特殊性、及び固有性に配慮し、それらを矮小化せずに把握し、その上でそれらの間における共通性を抽出することである。 これらの問題は、平成26年度の検討において25年度に検討した朝鮮の事例との異質さに直面し、その過程において具体的な検討を促された事柄でもある。そのような検討を経た上で26年度においては、台湾独自の事態を浮き彫りにすることができたと考えている。27年度の検討においても、そのような諸問題と対峙した上で満洲における個別性を明らかにしつつ、その上でそこでの成果を含めた本研究のまとめを果たしていきたい。
|