2014 Fiscal Year Research-status Report
場所と風景から物語られる長期紛争経験についての人類学的研究
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25770306
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Research Institution | Tohoku Gakuin University |
Principal Investigator |
酒井 朋子 東北学院大学, 教養学部, 准教授 (90589748)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 風景 / 記憶 / 紛争 / コミュニティ・アート / 展示 / 国際情報交換 / チリ / アイルランド |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、戦争・紛争経験の記憶において、出来事の背景となる風景がもつ重要性を明らかにすることである。また、そのような場所のイメージが、多様な証言媒体にいかにあらわれるのかも検討の課題となる。言葉をもちいた証言のほか、さまざまなアート作品、とくに職業的芸術家に限らず一般市民が作品制作を通じて歴史経験を記録・発信しようとする動きに注目し、その可能性を追求していく。 本年度は、チリのタペストリー、アルピジェラについて調査と研究を進めた。アルピジェラはもともと農作業の様子など日常的な風景を描く伝統的なタペストリーであったが、1970年代から80年代にかけての独裁体制期に、日々の政治的迫害の経験を描くものへと移行していった。歴史経験や政治経験を表現する新たな媒体として、現在国際的な注目を集めつつあり、制作活動も各地に広がりを見せている。 2014年5月、申請者はアルピジェラ研究・展示を国際的にリードするキュレーターのもとを訪れるためアイルランドに渡航した。世界各地で作られはじめた新しいアルピジェラに焦点を当てた展示を視察したほか、上述のキュレーターが主催するラウンドテーブル形式のワークショップ(於ベルファスト・クイーンズ大学)に出席し、アイルランドのコミュニティ・アートとチリのアルピジェラを比較する研究発表を行った。現地の博物館学芸員とも交流を深めた。 2015年2月に出版した単著では、本研究課題の成果を一部公開した。この単著を構成するデータと議論の中心は本研究課題の開始以前に行った調査研究にもとづくが、2013年度に新たに入手したデータを加えることによって、議論を本課題の関心と接続し、深い考察を行うことが可能となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、前年度に収集したデータを考察するのと並行し、その比較対照に大きく役立ち、本研究の中心的素材となるであろうチリのアルピジェラについて研究をおこなった。 独裁体制期のアルピジェラの多くは、貧民街に暮らす一般女性によって作られた。作品の背景にはアンデスの山や貧民街の特徴などが描かれている。貧困・失業などの経済的困難に加え、過酷な政治弾圧を長年にわたって経験してきた貧民街の人びとは、他方で地域における助け合いや連帯に支えられてもきた。貧民街における辛苦の記憶と生活の場への愛着の双方が、アルピジェラには渾然一体となって描かれている。前年度に調査したアイルランドの住宅壁画と通じる要素である。これらの事例に共通してうかがえるのは、民族・宗教・国民といった記号的な同一性による巨大なコミュニティではなく、同じ場所を生活の基盤とし、日常的に顔をつきあわせる親族・隣人のコミュニティの重要性である。歴史経験の背後に描かれる風景は、そうした日常経験の重要性にわれわれの目を向けさせる。 現在のところ、計画に立ちふさがる大きな障害はなく、関連文献の収集や知見の広がり、アカデミズム内外の研究者・関係者との国際的なネットワークの広がりなど、本研究はたしかな歩みを見せている。2014年5月の国際人類学民族科学連合大会および国際ワークショップへの参加、そして2015年2月の単著出版は、年度初めに計画していた成果公開の機会であり、これらが実現できたことは研究の順調な進展を示している。 ただしワークショップ参加後に妊娠がわかったため、8月に予定していたヨーロッパ人類学大会(エストニア)への参加はキャンセルすることとなった。その後、3月の出産に向けた準備と妊娠中の体調管理のために、研究の進行ペースは当初の予定よりゆっくりとしたものになっている。アルピジェラの考察は来年度も継続して行う必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度におこなったアルピジェラ研究を、今年度も並行して行う予定である。2013年度に調査したアイルランドの住宅壁画とアルピジェラを比較分析したものを論文として公開する準備を進めている。投稿先は、英国人類学会の発行する機関誌の一つ、Anthropology Today, あるいはヨーロッパ社会人類学会の学会誌Social Anthropologyを検討中である。 なお当初は第三の事例地として旧ユーゴスラビアを考えていたが、アルピジェラ研究や展示活動にかかわる人びととの議論をふまえ、現在は福島原発事故の影響下にある地域への着目を考えている。コミュニティの辛苦の記憶と風景との関連を考察するきわめて興味深い事例、かつ国内外における社会的関心の高い事例である。放射能汚染の不安が風景の心的表象にどのように影響し、故郷や生まれ育ったコミュニティに対する愛着との葛藤がそこでどのようにあらわれるのかを明らかにできれば、人類学の関心ならびに学術界内外の国際社会の関心をひきつける成果となるだろう。焦点を当てる具体的な地域については、2015年度はじめの数ヶ月で絞り込み、最初は関連資料の読解から基礎固めを行う。その後、アルピジェラ研究・展示活動の関係者を招聘しての学術・アートイベント開催にむけた準備を始めたい。開催地は福島県ないし宮城県、および東京になると考えられる。 なお、2015年3月の出産後、育児の時間が必要となっているため、研究の進行は引き続きゆっくりとしたものになっている。当初の計画では今年度が最終年度であったが、研究計画を1年延長したいと考えている。原発事故の影響下にある地域での調査やイベント開催は、授乳が一段落した来年度に行いたい。本年度はその準備を進める段階となるだろう。
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Causes of Carryover |
主な理由は、妊娠中の体調管理のため、エストニアでの国際学会参加とアイルランドでの現地調査をキャンセルしたことである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
「今後の研究の推進方策」に書いたとおり、課題の1年延長を申請予定である。来年度は、原発事故の影響下にある地域での調査費用や、アルピジェラやタペストリー関連の学術・アートイベント準備のための人件費、会場の使用料、講師謝金・交通費が主な出費となるだろう。本年度は、英文論文の校閲謝金と書籍・資料の購入がおもな出費となる。
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Research Products
(4 results)