2015 Fiscal Year Research-status Report
場所と風景から物語られる長期紛争経験についての人類学的研究
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25770306
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Research Institution | Tohoku Gakuin University |
Principal Investigator |
酒井 朋子 東北学院大学, 教養学部, 准教授 (90589748)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 風景 / 記憶 / 紛争 / 震災 / 展示 / 国際情報交換 / アイルランド / チリ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、戦争・紛争経験の記憶において、出来事の背景となる風景がもつ重要性を明らかにすることにある。自分が根ざす土地において災禍を経験した人びとにとっての故郷の風景は、両義的なものとなりうる。トラウマ的記憶の象徴である一方で、長年つちかってきた人間関係や帰属の感覚、および自分は誰であるのかという感覚とも結びついているからだ。こうした両義性の表現のありかたとして、本研究は狭義での言語を用いた口頭での語りや書かれた物語のみならず、絵画的であったり、手仕事を用いたりする多様な表現に注目する。 2015年度は当初の予定では課題の最終年度であったが、2015年3月に出産したため、研究計画を1年延長した(補助事業期間延長承認 平成28年2月8日)。2015年度の前半は産後期であり、育児もおこなっていたため、研究の進捗はゆっくりしたものになった。調査や学会参加の予定は2016年度に繰り越された。関連書籍を読み進め、データを整理すること、ならびに国内外の共同研究者と電話会議を行ったり研究ネットワークを深めて行くことが研究活動の中心となった。そのなかで、本研究の成果公開でもあり、本研究をひきつぐ新研究プロジェクトとも関連する巡回展覧会(2017年4月~11月)の計画が具体化しつつある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2015年3月に出産し、2015年度は育児休暇を取得した。本研究課題もその期間、大きな進展はのぞめないこととなった。そのため、当初2016年3月までであった課題期間の1年の延長を申請し、認められている。 2015年度はもっぱら、関連する書籍を読み進め研究の動向を整理したり、本研究課題の理論的基盤を強化すること、ならびに国内外の研究者や実践者とのネットワークを広げ深めていくことが活動の中心となった。理論面においては、ベルクソンの『物質と記憶』、Edward S. Caseyの"Remembering"などを読み進め、物語論以外の現象学的・「生の哲学」的な記憶へのアプローチについて理解を深めた。また、当初の計画にあったがこれまで手をつけていなかった旧ユーゴスラビアの紛争の記憶について既存論文を通じて理解を深め、同じ「ヨーロッパ周辺」である北アイルランド紛争の事例との共通点や差異を整理した。また、「物語的意味」を重視する記憶アプローチではなく、記憶の身体的・慣習的な側面を重視するアプローチによって、これまで議論が分断されていた紛争・戦争の記憶論と震災の記憶論とを、接合ないし架橋できる可能性が浮上してきた。 また本課題が注目する言語以外の証言媒体のひとつとして、独裁体制下のチリで発達したコミュニティ・アートであるアルピジェラがあるが、北アイルランド在住のチリ人研究者・キュレーターとの議論のなかで、アルピジェラと東北の被災地における記憶の問題を接合する展覧会を開催する案が具体化した。東北を拠点とするアーティストやキュレーターとのネットワークも広がりつつある。 以上のように、研究代表者の産前産後・育児休暇取得により、調査や研究成果発表の面においては本課題は若干進捗が滞っているが、課題の理論的視角、分析、および成果発表と本課題をひきつぐ研究課題への展望においては、2015年度以前よりはるかに深みが増し、斬新で挑戦的なものとなった。
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Strategy for Future Research Activity |
前項で記したように、本研究課題の成果発表の場、かつ新たな研究課題の最初の契機として、2017年4月~11月にチリのアルピジェラと東北の手仕事活動にフォーカスをあてた展覧会を行うことになった。仙台のほか、関東、関西、長崎などを巡回する予定である。 アルピジェラには、政治弾圧のなかで行方不明になった家族のゆくえを追い求めるテーマや、ある地域に暮らす人びとが集団的な苦しみを経験する様子が描かれており、津波被災地や原発事故影響下の地域の人びとの経験ともつながる部分が多い。またアルピジェラは2000年代後半から国際的に展示・制作活動が広がっており、記憶表現のコミュニケーションの可能性についても考えさせる。たとえば本課題が事例地域の一つとしていたアイルランドでも、活発な展示・制作活動が行われている。 2017年の展覧会では、東北の被災地の手仕事活動の作品とアルピジェラ作品を同時展示し、両者の共鳴可能性をさぐる。それに先立つ2016年度は、本研究課題の総括を進めると同時に、展覧会に向けた調査や準備を進めていく。そのなかには被災地の手仕事活動の調査・記録も含まれる。具体的には、陸前高田市の高田松原の風景を刺繍で描くプロジェクト「みんなのたからもの」が事例の一つとなる。この調査は6月より開始する。 また2016年9月に、北アイルランド在住の研究者でありキュレーターであるRoberta Bacic氏とチリの首都サンティアゴでの共同調査を予定している。 展覧会としての成果発表のみならず論文発表も行う。具体的には2015年度に投稿を予定していたが延期となっていた、北アイルランドの壁画にみられるトラウマ的記憶と愛着の両義性について、"Anthropology Today"ないしヨーロッパ社会人類学会の"Social Anthropology"に投稿する予定である。
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Causes of Carryover |
2015年度に産後・育児休暇を取得し、本課題の事業期間を延長したため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
東北の被災地での手仕事調査(6月~12月)にまつわる旅費、チリ人研究者とのサンティアゴでの共同調査(9月)、書籍購入、研究セミナーへの講師招聘の旅費、英語論文の英語校正費用に使用予定である。
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Remarks |
このウェブ・アーカイブの各所に本課題の内容・成果に関する言及がある。たとえば http://cain.ulster.ac.uk/conflicttextiles/mediafiles/413_2014-05-27_Belfast_Report-Spanish.pdf には研究代表者・酒井朋子が参加したベルファスト・クイーンズ大学での研究セミナーの報告書がある(スペイン語)。
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Research Products
(3 results)