2015 Fiscal Year Research-status Report
原子力災害と学習の人類学:混沌から<リアリティ>の恢復に向けて
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25770307
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
猪瀬 浩平 明治学院大学, 教養部, 准教授 (70465368)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | リアリティ / むら / 放射能 / 原発 / 原発事故 / 不確実性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、東京電力の福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」と略する)と放射能汚染によって、既存の政治・文化・科学システムが機能不全に陥ることで生まれた不確実な状況において、人々が生き方を編みなおしていく過程の解明を図るものである。これまでの調査では、福島県内で実施される土壌スクリーニング調査や保養・自主避難支援活動等へのフィールド調査、および国内外の原発立地地域・建設予定地域(過去の予定地域を含む)でのフィールド調査等を実施してきた。 本年度は、1980年代に原発立地が計画された地域(高知県四万十町窪川地区)の人々の、原発事故後の認識の変化に着目して調査を行った。これまで実施してきた原発騒動当時の資料の収集や関係者への聞き取りを継続して行うとともに、原発騒動終結後(1988年以降)の窪川における農業・農村の形態の変化に着目した。1988年以降の窪川は農業の再編成が進み、畜産等の集約化が進むとともに、高齢化や人口減少に直面する中でのIターン・Uターン誘致施策も進められた。近年では水耕栽培による大規模野菜工場が建設されている。このような時代を経る中で、かつて「過疎の特効薬」といわれた原発計画を振り返る<眼差し>が如何なるものであったのか、そしてそれが原発事故によってどう変化していったのかを検討している。 あわせて、本研究でこれまでに実施してきた調査を、著書・論文としてもまとめた。研究会・シンポジウム報告も複数回行っている。特に『むらと原発:窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと』(2015年11月、農山漁村文化協会)については、刊行後、聞き取り調査対象者と共有し、新たに聞き取りを進める手がかりとした。この本をめぐっては、研究者だけではなく、放射能汚染に直面する東北の農業者や、自主避難者の支援を行う人々、原発反対運動に参加する人々との対話の媒介として活用している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
これまで実施してきた調査を、前述の『むらと原発:窪川原発をもみ消した四万十の人びと』にまとめた。この本において、窪川の原発計画が白紙撤回されていくプロセスを、単に原発の危険性を学習し、反対運動に参加した住民の自発的行動によって中止に追い込まれたと捉えるのではなく、①農業者が窪川の土地に根ざしながら多様に展開した生業戦略、②村落における重層的関係、人々の移住や市民運動といった地域内外に広がる関係性、③そして戦後開拓や南米移民など原発騒動期にとどまらない地域史を背景としながら、原発計画が町議会において全会一致で白紙撤回されるまでのプロセスを描写した。以上の成果は、人々は科学的知識の有無によって「合理的な行動」が選択されるという単純な理解を超えるものであり、放射能汚染の状況の中で地域にとどまりながらより安全な農産物をつくろうとする農業者の行動を理解する手がかりになる、と考えられる。 このような知見は、原発事故がもたらす不確実な状況に対して、地域の在来知の果たした役割を探るアプローチにもつながる。橋本裕之・林勲男が編集した『災害文化の継承と想像』(臨川書店)に掲載された拙論「障害者運動の在来知と原子力災害の経験」では、原発事故に直面した埼玉の障害者運動の実践が、科学者や福島の農業者も巻き込んだ対話の中で如何に再編成されていくのかに注目した。ここにおいて、原発事故によってもたらされた不確実な状況に対する理解は、自分たちの実践の歴史の再認にもつながる点を明らかにしている。 以上の著書・論文がもたらした知見は、「研究実績の概要」にも書いたように、研究会やシンポジウムの場でも報告にされ、研究者以外の市民との間に原子力災害や原発をめぐる議論を深めるための媒介として活用された。 計画は当初の計画した以上に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
3年間の研究を通じ、地域の共同体の生業や社会関係の歴史的変化と関連づけながら、原発計画や放射能汚染といった事態が人々によって如何に問題化されていくのか探求する視点を手に入れた。同時に移住や避難への着目は、原発事故後にとどまらず、地域史を空間的に閉じずに語る視点をもたらす。 このような蓄積を基にして、最終年度である本年度は、これまで実施してきた放射能汚染に対峙する地域と、原発立地が計画された地域の両方での調査を継続する。従来までの関心に加えて、前者においては放射能測定について取り組んできた科学者への聞き取りに重点をおいた調査を行う。後者においては、原発終結宣言後の窪川農村・農業の変化に着目し、原発事故前後という時代区分を相対化する枠組みを探る。その上で、特定の時代区分や地域区分を超えて、原発や放射能という存在を捉え、記述する新たな枠組みを探る。 研究成果は、これまで3年間で構築された研究者ネットワークで刊行する論集に掲載する論文としてまとめるとともに、昨年度の『むらと原発』をめぐる対話のように、学者であるなしに関わらない議論の場をつくりながら、発表していく。東アジア諸国における原発開発をめぐる議論に寄与するための知見も探っていく。
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Causes of Carryover |
次年度使用額312,388円は、2014年度の未使用額331,513円に相当する。2015年度本務校において役職に就任したため、校務に伴う出張が複数回発生し、上記未使用額分の調査をすることが困難だった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2015年度に実施できなかった国内調査を実施するとともに、研究知見をまとめるための書籍等の購入を行う。資料整理等を行うための人件費、聞き取り調査等に関わる謝金を使用する。
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Research Products
(5 results)
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[Presentation] むらと原発2015
Author(s)
猪瀬浩平
Organizer
広島市立大学コロキアム
Place of Presentation
広島市立大学(広島県広島市)
Year and Date
2015-12-18
Invited
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