2014 Fiscal Year Research-status Report
コンヴェンションとは利己心の自己規制なのか:経済学成立の背景をめぐる批判的研究
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25780145
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Research Institution | Kochi University |
Principal Investigator |
森 直人 高知大学, 教育研究部人文社会科学系, 准教授 (20467856)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | ヒューム / 経済思想 / 情念 / 共同の利益 / 共感 / コンヴェンション / 18世紀 / 英国 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、18世紀の哲学者ヒュームの「コンヴェンション」概念について、「共感」に着目した新たな解釈を引き出すことにある。平成26年度は、第一に、前年度に構築したその理論的解釈を大幅に拡張した。この解釈の内容については、既に英国の研究者との間で意見交換を行っており、準備が整い次第公にしたいと考えている。第二に、『イングランド史』を中心としたヒュームの諸著作について、共感とコンヴェンションを軸とした分野横断的分析を加えた。第三に、この分析のひとつ目の成果として、J. HerdtやA. Sabl等の先行研究も吟味しつつ、ヒュームにおいて党派の問題がコンヴェンションのロジックによっては制御できないという新たな立論を試みた。これについては、既に英国での研究会で発表して議論を深めており、次年度には学会での発表も予定している。そして第四に、上の分析の応用的な成果として、『イングランド史』における文明化のプロセスが必ずしもコンヴェンションのロジックに基づくものではない、という立論を試みている。これについても、平成27年度に学会発表を行う予定である。本年度は、これらに加えて、『イングランド史』と同時代の歴史叙述関連の資料の収集、スコットランドの研究者との交流と意見交換を行った。 第一から第四の成果に共通する意義は、ヒュームにおける「共同の利益」の概念に光を当てたことにある。共同の利益は、アリストテレス以来の思想史上、疑いもなく最重要概念の一つであるが、ヒューム研究史上は必ずしも脚光を浴びてきた概念ではない。しかし本研究の考察は、この概念がヒューム社会哲学の重要論点の結節点となっており、しかも彼の思想における社会の形成と破壊の両側面を読み解く鍵となることを示唆する。この点は、ヒューム社会哲学と、その思想史上の位置づけについて、重要な問題提起となりうるものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
交付申請書に記載の研究目的のうち、現在までに共感に基づくコンヴェンション解釈の理論的構築、それに関わるヒュームの諸著作(特に『イングランド史』)の読解は、ほぼ達成できた。さらに加えて、「共同の利益」を軸としたコンヴェンションと党派に関するヒュームの認識の検討や、同様の視点からの『イングランド史』における文明化論の再検討など、当初の研究目的を発展的に拡張した研究成果を得ている。 反面、研究目的に記載した課題については、未了の部分もある。まず、共感とコンヴェンションに関する本研究の理論的解釈について、(エピクロス派とヒュームの関係を中心に)言説史的な検討を行うという課題については、J. HerdsやM. Tolonenらの解釈を参照しながら検討を進めているものの、十分な成果を生むには至っていない。また、『イングランド史』と同時代の歴史叙述との比較検討に向けた予備的検討についても、比較対象となる資料の収集はほぼ完了し、比較のための論点の予備的な検討も進めているが、未だ具体的な検討には踏み込んでいない。 しかし前年度の実施状況報告書に記載したように、これらの作業の遅れは、英国での研究交流により得られた助言に従って言説史的検討よりもヒュームの著作の分野横断的解釈を優先した結果である。また実際に、この力点の移動により、当初の研究目的の他の部分を予定よりも早く遂行できているだけでなく、当初目的としていた解釈を新たな解釈へと拡張・発展させ、さらに一定の成果として発表して英語圏の研究者とのより深い研究交流に踏み込むことができた。 以上を総合するならば、現状、部分的に当初予定されていた課題が完了していない部分はあるものの、それを補って余りある計画の進展、そして当初予定されていた以上の拡張を行い得ており、全体として本研究は順調に進行していると考えることができる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の一つの軸は、当初の計画の通り、『イングランド史』と関連の歴史叙述の比較検討を行うことにある。しかし同時に、本研究で得られた応用的な知見を、さらに拡張・深化させることも目指したい。 これに伴って研究計画にも一定の変更を加える。すなわち本研究における理論的解釈と歴史的解釈をいったん切り離し、かつ後者に関して「共同の利益」という新しい視点を軸として解釈の拡張・発展を目指すことである。当初、本研究の理論的解釈は、その解釈自体を『イングランド史』を中心とするヒュームの諸著作と言説史的背景の中で検証・検討することによって、歴史的解釈へと展開される計画だった。この企図自体は放棄されていないが、しかし研究の進行とともに、理論的解釈部分は現代的な視点からの再構成という側面を強め、他方で『イングランド史』の検討は、「共同の利益」概念への着目を通じて、独自の歴史的解釈へと展開しつつある。実際に、英国の複数の研究者からも、これら二方向の解釈はそれぞれ独立に進めた方がよいとの助言を得ている。それゆえ今年度は、上の理論的解釈は仮説的な再構成にとどめつつ、それとの緩やかな連関の中で共感・共同の利益・コンヴェンションをめぐる『イングランド史』解釈を進めたいと考えている。 具体的な推進方策として、まず前年度までに収集したテクストを精読し、『イングランド史』関連の検討を行う。さらに、上の『イングランド史』解釈に関する発表と研究交流を積極的に進めたい。現在確定しているものとして、たとえば国際ヒューム学会(ストックホルム)での発表・議論、およびスコットランド18世紀学会(ロッテルダム)でのパネル・セッションにより、踏み込んだ研究交流を行い、本研究の深化・発展を目指す。
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Causes of Carryover |
本年度、研究に必要な資料の購入および出張旅費等により計画的な執行を行ってきたが、緊急的な資料購入のための予備的な経費を2万円程度確保していたところ、年度末においてこれを執行すべき緊急性の高い資料は現れなかった。そのため、緊急性や重要度の低い資料を購入して予算を消化するよりも、次年度の計画の中でより有用な目的に支出した方が補助金の効果が高まるものと判断し、次年度に繰り越すこととした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年度残額については、次年度に研究発表用の旅費の一部として使用する予定である。本研究では、研究計画の大部分について予想以上に進展し、その成果を発表する機会が既に数件確定している。計画段階よりも早くかつ多く、研究成果の発表が可能となった事情に鑑み、また成果発表から得られる、特に英語圏の研究者からのレスポンスによって研究をさらに発展・深化させることを企図して、研究発表のための旅費の一部に組み入れる方針である。
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