2014 Fiscal Year Research-status Report
走査プローブ法と伝導度測定によるグラフェンへのバンド・ギャップ誘起の研究
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25800191
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
松井 朋裕 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (40466793)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | グラフェン / 走査トンネル顕微/分光法 / バンドギャップ誘起 / スピン偏極ジグザグ端状態 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題ではグラフェンへのバンドギャップ誘起とそのメカニズムの解明を目標とする。そのために、ここでは2つの手法に注目する。ひとつは原子あるいは分子をグラフェンに(√3x√3)R30°構造で吸着させることで期待されるカイラル対称性の破れと、それによるバンドギャップ誘起。もうひとつは細孔を周期的に開けることにより対称性を破る方法である。後者の手法では、バンドギャップ誘起の可能性と共に、ハニカム構造に特有のスピン偏極したジグザグ端状態の観測も期待できる。こうしたグラフェンの物性制御を、走査トンネル顕微/分光法(STM/S)による局所的な測定と、抵抗測定による巨視的な測定を併用して調べる。 前者の手法に対しては、Kr原子を吸着子としグラフェンの抵抗のゲート電圧依存性を測定した。Kr原子はグラファイト上で(√3x√3)R30°構造で吸着することがSTM観測からも明らかであるが、様々な吸着量や温度、グラフェン試料に対してもKr吸着によるグラフェンの有意な物性変化は観測されなかった。酸素分子によるホールドープ効果は観測されるものの、極性分子であるN2Oに対しても、グラフェンの物性変化は観測されなかった。これは基板からの影響が強すぎるために、吸着子の効果が覆い隠されている可能性がある。 一方、グラフェン上への細孔およびジグザグ端の作成のために、原子状水素と水素プラズマによるグラファイト表面のエッチングを試みた。その結果、原子状水素では単原子層深さの溝やステップが作成され、そのほとんどがジグザグ構造をなしていることが分かった。加えて、水素プラズマを用いたエッチングでは、ジグザグ端で囲まれた単原子層深さの六角形ピットが作成できることが分かった。この場合、六角形の辺内では強磁性的、辺間では反強磁性的な相互作用が期待され、六角形に挟まれた領域にはジグザグ端で挟まれたナノリボンを得ることもできる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでの研究から、(√3x√3)R30°構造の形成が期待される吸着量や温度においてKr原子は劈開グラフェンの電気伝導特性に何の効果も及ぼさないが、一方で、SiCグラフェンに対するSTM/S測定では、Kr原子はグラフェンの下に潜り込むと同時に、電子ドープを示唆する電子状態の変化を誘起することが観測されていた。 本研究において、十分な面密度でKrを吸着させた場合には、STM/Sの結果と同様に電子ドープを示唆する電気伝導特性の変化が観測された。しかし、これは異なるグラフェン試料に対しては再現せず、加えて極性分子であるN2Oに対しても有意な物性変化が観測されなかったことから、吸着子の効果を観測するには、基板の効果が無視できないことが分かった。そこで本研究ではさらに、溝を掘った基板を用いることで、基板から浮いたグラフェンを作成した。こうして得られた浮遊グラフェンに対して原子や分子を吸着させることで、吸着子がグラフェンに及ぼす寄与の観測が期待できる。 一方、これまでにはArガスによるエッチングで細孔を開けたグラファイト表面に対してのSTM/S測定によって、細孔周りにエッジ状態を示唆する大きな状態密度の観測に成功していた。しかし、こうして作成された細孔は不定形である。そこで本研究では水素プラズマによるエッチングを試み、ジグザグ端で囲まれた六角形の細孔の作成に成功した。作成時の温度や時間、プラズマを生成する高周波電力を変えることで、細孔の大きさや密度をコントロールできることも分かった。今後のSTM/S測定によって、細孔列の作成によるバンドギャップ制御やスピン偏極ジグザグ端状態についての知見が得られると期待される。 このように、必ずしも当初の計画通りではなく、研究期間の延長も必要となったが、目標達成へ向けて、研究結果を受けて計画を修正した結果であり、全体としては順調に進んでいると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
溝を掘った基板上に作成した浮遊グラフェンに対して、希ガスであるKr原子や極性分子であるN2Oを吸着させることによるグラフェンの物性変化の観測を目標とする。浮遊グラフェンは基板が存在することによる凹凸や不純物の効果を排除した理想的なグラフェンと考えられる。吸着子が基板とグラフェンの間に潜り込むこともない。理論的に提案されているように、グラフェンのカイラル対称性を破るだけの効果を原子/分子吸着によって得られるのであれば、ディラック点近傍での抵抗の増大として、バンドギャップ形成を確認できると期待される。 またジグザグ端で囲まれた六角形の細孔を開けたグラファイト表面のSTM/S観測を行う。ジグザグ端ではハニカム構造副格子の対称性が破られる結果、端に局在した状態が存在することが申請者らの研究からも分かっている。こうした局在状態はアームチェア端には現れない。2つのジグザグ端が近づきジグザグ端で挟まれたナノリボンや、ジグザグ端で囲まれた六角形を形成するとき、ジグザグ端内では強磁性的、端間では反強磁性的な相互作用が働き、局在状態はスピン分裂すると考えられている。ここまでの研究からグラファイト表面にジグザグ端で囲まれた六角形ピットを作成することに成功している。この六角形ピットや六角形ピットで挟まれたジグザグ・ナノリボンでは各辺でスピン偏極した状態が得られると考えられる。原子スケールに及ぶ空間分解能を有するSTM/Sを用いれば、こうしたスピン偏極ジグザグ端状態を直接観測できると期待される。
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Causes of Carryover |
本研究ではグラフェン上に原子や分子を吸着して期待されるバンドギャップ誘起の可能性を検証する。研究計画では吸着子を変化させつつ、そうした効果を調べる予定であったが、大きな効果が期待される極性分子の吸着に対しても、グラフェンの物性変化は観測されなかった。加えて、試料依存性も強いことが分かった。これらはグラフェンを支える基板の凹凸や不純物が原因であり、基板の影響が無視できないためと考えられる。そこで、基板を加工することで宙に浮いたグラフェンを作成し、基板からの影響を排除した実験を開始した。このように計画を修正したことで、実験期間の延長と同時に、研究費を繰り越す必要が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
浮遊グラフェンを作成するために必要な基板の加工や、超低温での測定に必要な寒剤の購入といった経費に使用する予定である。
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