2013 Fiscal Year Annual Research Report
正木直彦の人的ネットワークと美術鑑賞大衆化の研究―新出の正木直彦資料を中心に
Project/Area Number |
25884021
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Research Category |
Grant-in-Aid for Research Activity Start-up
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
太田 智己 東京藝術大学, 美術学部, 助手 (90706714)
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Project Period (FY) |
2013-08-30 – 2015-03-31
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Keywords | 美術史 / 日本近代 / 制度論 / メディア / 美術教育 / 東京美術学校 |
Research Abstract |
正木直彦(1862~1940年)は、20世紀前半の日本で活躍した美術行政家で、日本近代美術史上の最重要人物の一人である。本研究の目的は、新出の「正木直彦資料」(東京芸術大学大学美術館蔵)を中心に史料調査を行ない、正木が築いた1.人的ネットワークを解明することで、正木が2.美術鑑賞の大衆化に果たした役割を明らかにすることである。 前者の1.人的ネットワークの解明は、(1) 関係人物索引の作成と、(2)「正木直彦資料」などのデジタルアーカイブにより行なう計画である。このうち(1) 関係人物索引の作成では、正木の著書『十三松堂日記』と『回顧七十年』の、遺漏の無い人物索引を横断的に作成する。『十三松堂日記』は、1908年から40年までの正木の業務日誌、『回顧七十年』は正木の回想録である。どちらも広範な領域の関係人物が膨大に登場し、正木研究の基礎資料となる。しかしこの2著は、人物索引が不備、または付されていない。2著と、さらに「正木直彦資料」について、新たに完全な人物索引を作成することができれば、正木という人物を、美術界内・外の人的ネットワークとともに分析できる資料環境が整備できる。そこで本年度は、『十三松堂日記』『回顧七十年』を総覧し、両著の文中から人物名を網羅的に抽出する作業を行なった。 この作業により、正木の人的ネットワークには、当時のメディア関係者が多く含まれることが、具体的に明らかになった。既存の正木直彦像は、美術界内部の利害対立を調整した、穏健な調停者というイメージが強い。しかし本年度の調査により、既存のものとは別の、新しい正木直彦像を想定することができた。つまり、出版・新聞・ラジオなど、当時のメディアを意識的に利用することで、美術を美術外の大衆社会にむけて開き、20世紀後半から現在までの日本の美術のシステムの原型を、構想・構築・実現させた革新者という、新しい正木直彦像である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、1.人的ネットワークの解明のうち、(1)関係人物索引の作成で、正木の業務日誌『十三松堂日記』、回想録『回顧七十年』の完全な人物索引を作成する計画である。『十三松堂日記』は1908年から1940年までの正木の業務日誌で、中央公論社より1965年から1966年に、全4巻1689頁の刊本が刊行されている。『回顧七十年』は1937年に学校美術出版部から刊行され、総頁数は全418頁である。本年度は、これらの本文を総覧、人物名をマークし、それらとそれらの登場頁をデータ化して、索引を作成する作業に着手した。本年度後半だけで、『十三松堂日記』2巻分と『回顧七十年』全編の作業を行なうことができ、当初の見込み以上の進捗を達成できている。同時に、『十三松堂日記』の原本についても、所在を確認する作業を進行させることができた。 また、当初の計画では主に翌年度に行なう予定であった、2.美術鑑賞の大衆化に果たした役割を明らかにする作業を、下準備のみ、本年度に前倒して着手した。とくに20世紀前半の日本におけるメディア状況と大衆社会化、消費社会化の状況について、最新の研究と参考文献を総括的に確認することができた。これにより、正木による美術鑑賞大衆化の前提となった、当時の日本の社会状況を把握することができた。翌年度の作業は、大幅に効率化することが可能と見込まれる。 ただし一方で、1.人的ネットワークの解明のうち、(2)「正木直彦資料」などのデジタルアーカイブについては、当初の予定よりも若干、進捗が遅れている。しかし平成26年度5月から本格的な作業に入る予定で、当初の研究計画自体を余裕をもって構成していたこともあり、進捗の遅れは想定内のものともいえる。
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Strategy for Future Research Activity |
まず1.人的ネットワークの解明のうち、(1)関係人物索引の作成では、継続して『十三松堂日記』『回顧七十年』の人物索引作成を行なう。さらに、同時進行して構築を進める「正木直彦資料」のデジタルアーカイブについても人物索引の作成を行なう。そのうえで、『十三松堂日記』『回顧七十年』「正木直彦資料」の3つの人物索引を横断的に統合する。作業進行が停滞する場合は、『十三松堂日記』『回顧七十年』の索引作成を優先し、作業は9月まで行なう。完成した人物索引のうち、『十三松堂日記』『回顧七十年』の2著の索引は、WEB上で公開する。これにより、日本近代美術史研究に取り組む全ての研究者が、正木を通じた人物情報調査を行なえるようにする。 (2)「正木直彦資料」などのデジタルアーカイブは、平成26年度5月から本格的な作業に着手する。具体的には、東京芸術大学大学美術館が受け入れた新出の「正木直彦資料」317点と、同館が所蔵する他の正木直彦関連資料を、あわせてデジタルアーカイブする。資料には写真や遺品・愛用品なども含まれるが、人的ネットワークの解明のために直接的に重要である書簡類から、優先して作業を進める。作業は、東京芸術大学大学美術館から受けたレクチャーに従い、同館の指示と方針に従って、資料のデジタル画像撮影を行なう。画像のデータ形式、解像度なども同館の方針に従う。 そのうえで、2.正木が美術鑑賞の大衆化に果たした役割を明らかにする。応募者はこれまでの研究で、正木は美術界内外にわたる人脈を駆使し、出版・新聞・ラジオなどのマスメディアに計画的に美術を露出させ、意識的に美術鑑賞の大衆化を実現させようとしていたと見込んでいる。今後はこの見込みを論証していく。これを完全に論証することができなかったとしても、正木とマスメディア関係者との人脈や、正木が持っていた美術鑑賞大衆化へのビジョンは、先行する研究がなく、新知見として提示できる。
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