2016 Fiscal Year Annual Research Report
脊椎動物の季節感知システムの設計原理の解明とその応用
Project/Area Number |
26000013
|
Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
吉村 崇 名古屋大学, 生命農学研究科(WPI), 教授 (40291413)
|
Project Period (FY) |
2014 – 2018
|
Keywords | 光周性 / 概日リズム / 季節繁殖 / 合成化学 / 畜産学 / 生理学 / ゲノム / スクリーニング |
Outline of Annual Research Achievements |
生物をとりまく環境は1年を通して大きく変化する。ヒトとは異なり、衣服やエアコンを持たない動物にとって、この環境の変化に適応できるか否かは死活問題である。動物たちは毎年繰り返される環境の季節変化に適応するために、光や温度などの外的変化を感知し、繁殖、渡り、冬眠などの生理機能や行動を制御している。このような動物の季節変化については、アリストテレスの著書「動物誌」にも詳述されているが、その仕組みは謎に包まれていた。本研究では様々な動物の持つ洗練された能力に着目することで脊椎動物の季節適応機構の設計原理を解明することを目標としている。また季節適応を制御する革新的機能分子を創出することで、動物の生産性の向上やヒトの季節性疾患の克服を実現することを目指している。 これまでの研究で、異なる緯度に由来し、日長応答(臨界日長)の異なるメダカ集団から作出したF2世代を用いて量的形質遺伝子座(QTL)解析を行い、臨界日長を規定するQTLを染色体上にマッピングした。また、低緯度地域に由来するメダカ集団が短日刺激に不応答となる性質を獲得することで、1年を通して繁殖(周年繁殖)していることを見出したため、この形質についてもQTL解析を実施し、季節繁殖、周年繁殖の違いを決定しているQTLについても染色体上にマッピングした。28年度はQTLから責任遺伝子を同定するために、異なる表現型を示す複数の集団の全ゲノムを解読した。またこれらの遺伝解析とは別に、メダカを短日条件から長日条件に移した際の時系列サンプルを用いて、トランスクリプトーム解析を実施した結果、光受容を担う情報伝達系の一連の遺伝子の発現が季節に応じてダイナミックに変化していることを明らかにした。生物は約24時間の内因性のリズムを刻む概日時計を使って日照時間を測定していると考えられている。また、ヒトの冬季うつ病の患者においては概日時計の位相がずれていることが知られている。したがって、概日時計の周期を自在に調節する分子を開発することで動物の季節繁殖やヒトの冬季うつ病を制御することが可能となる。28年度は1,000個以上の化合物を含む既存薬ライブラリーのスクリーニングを行ったところ、混餌投与によって体内時計の周期を短縮する薬を発見することに成功した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「臨界日長の地理的変異から明らかにする臨界日長の設計原理の解明」については、当初の計画通り、表現型の異なる複数の集団の全ゲノムリシークエンスを行い、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施した。また低緯度地域に由来するメダカ集団が、1年中繁殖できる仕組みの解明についてもGWASを実施した。低緯度地域のメダカが一年を通して繁殖できる仕組みについては、RNA-Seq解析も行い責任遺伝子を絞込みつつある。臨界日長の設計原理については集団構造の違いが解析を困難にしていることが明らかになったため、集団構造の違いを考慮に入れたGWASを検討中である。「温周性、光周性の設計原理の解明」については、トランスクリプトーム解析によって、光受容を担う情報伝達系の一連の遺伝子の発現が季節に応じてダイナミックに変化することを発見し、生理学的及び生態学的な意義をゲノム編集技術を用いて明らかにした。本成果は全く予想外であったが、ヒトにおいても色覚に季節変化があるため、ヒトにも共通する仕組みであると考えられた。「革新的機能分子の創出と季節適応の制御」については、季節感知に必須の役割を果たす概日時計に着目して研究を行った。発見した化合物を動物やヒトに適用するには、化合物の毒性の克服が重要である。そこで安全な化合物を短期間で開発することを目標としてアメリカ食品医薬局(FDA)などによって承認を受けた既存薬のスクリーニングを実施し、1000個以上の化合物の中から59個のヒット薬を発見することに成功した。さらに混餌投与によって動物において個体レベルで体内時計を調節できることを明らかにした。
|
Strategy for Future Research Activity |
「臨界日長の地理的変異から明らかにする臨界日長の設計原理の解明」については、28年度に表現型の異なる複数のメダカ集団の全ゲノムリシークエンスを行った。そこでこの情報をもとにゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施したが、偽陽性のシグナルが多数検出された。そこで29年度は集団構造を考慮に入れた個体群について、ゲノムのリシークエンスを進めるとともに、得られたSNP情報にLiner Mixed Modelを適用し、臨界日長を規定する遺伝子を絞り込む。また低緯度地域に由来するメダカ集団が、1年中繁殖できる仕組みの解明については、QTL解析、GWAS、RNA-Seq解析まで終了しているので、29年度に責任遺伝子の絞込みと機能解析の完了を目指す。「温周性、光周性の設計原理の解明」については、メダカをモデルとして冬から春を感じる仕組みと、夏から秋を感じる仕組みの両面から検討を進めている。それぞれを制御する遺伝子ネットワークを解明するために、トランスクリプトーム解析によって単離した遺伝子の機能をゲノム編集技術を用いて明らかにする。既にノックアウトメダカを作成済みであるため、29年度はその表現型を明らかにする。またこの解析によって光感知機構に関与する一連の遺伝子群の発現が季節に応じて大きく変化することが明らかになった。ヒトにおいても季節によって光感知機構に変化があることが報告されていることから、メダカで明らかにした仕組みが哺乳類にもあてはまるかを、マウスやハムスターをモデルとして検証する。また、高緯度に由来するメダカと低緯度に由来するメダカが異なる温度応答を示すことを見出しているため、温度応答の地理的変異をもたらしている分子基盤を明らかにする。生物が季節を感知する際には概日時計を利用していることが古くから知られている。したがって、概日リズムの周期の短縮、あるいは延長を促す分子の開発によって、植物の開花や動物の季節繁殖を自在に制御できると期待されている。そこで「革新的機能分子の創出と季節適応の制御」については、概日リズムを制御する分子の探索を29年度も継続する。既にアメリカ食品医薬局(FDA)やヨーロッパ、アジアにおいて承認を受けた化合物についてスクリーニングを完了しており、混餌投与によってマウスの概日リズムを調節することに成功しているため、研究アプローチの有効性を確認することができた。29年度は上記の既存薬のほかに、食品に含まれる天然物も対象に加え、動物の生産性の向上を実現する化合物をさらに探索する。 複雑な中枢神経系の疾患に作用する薬の探索においては、スループットの高さから小型魚類が有効であることが指摘されている。我々はメダカの行動が季節によって異なることに着目し、メダカの成魚を用いて冬季うつ病のスクリーニングを実施した。その結果、メダカの冬季うつ病様の行動を改善する化合物の発見にも成功している。29年度はこれらヒット化合物の作用機序について解析を行い、冬季うつ病の発症機構の解明につなげる。
|
Research Products
(28 results)