2015 Fiscal Year Annual Research Report
極低温下での分子生成過程に現れる量子統計効果の研究
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26287090
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Research Institution | The University of Electro-Communications |
Principal Investigator |
向山 敬 電気通信大学, 学内共同利用施設等, 准教授 (70376490)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | レーザー冷却 / イオントラップ / 原子気体 / 極低温化学反応 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度はそれまでに観測に成功していた原子イオン間の電荷交換衝突過程について,衝突エネルギー依存性の詳細な検証を行った。それまではイオンの持つ運動エネルギーとして1ミリケルビンという条件下での電荷交換衝突のみの観測を行っていたが,平成27年度にはイオン原子間の衝突エネルギーを1ミリケルビンから10ケルビンという4桁にわたる衝突エネルギーの領域において電荷交換衝突断面積の測定を行うことができた。衝突エネルギーの制御を行う際にはトラップ中のイオンに一様電場を印加し,イオンの位置を精密に制御することでRF電場による加熱現象を誘起させるという手法を用いた。その際にイオンの運動エネルギーが蛍光スペクトルの変化をもたらし,スペクトル形状から高い精度で運動エネルギーを決定するという手法を開発することで,4桁という広いエネルギー領域にわたる測定を可能にした。この測定により上記のエネルギー領域で電荷交換衝突が古典的な衝突理論で予言できるエネルギー依存性を示していること,さらに原子イオン間の距離が非常に近い距離まで近づく衝突をした際にどのくらいの割合で電荷交換衝突と弾性衝突が起こるかという比率を実験的に決定することに成功した。今回測定した電荷交換衝突断面積の情報は我々が用いているカルシウムイオンとリチウム原子間の相互作用ポテンシャルを決定する際の基礎データとなるものであり,本研究の最終目的である極低温での化学反応過程の観測のターゲットである分子イオン生成を実現するためにも重要な基礎データを与える観測結果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は平成27年度までにイオンと中性原子の安定した混合系を低温の状態で実現することと,さらに原子とイオンの間の極低温化学反応の素過程の観測を行うこと,さらに素の素過程を理論的な面から理解することを目指すということであった。実際に我々は電荷交換散乱という化学反応の素過程の一つを実際に観測することに成功し,その現象を10ケルビンから1ミリケルビンという4桁にわたる広いエネルギー領域において散乱断面積を決定することに成功した。さらにその散乱断面積の原子準位依存性を詳細に測定することで原子イオン間の相互作用ポテンシャルの情報を抽出することに成功した。また,理論研究者であるフランスのパリ11大学のDulieu教授とそのグループの研究員との共同研究によりカルシウムイオンとリチウム原子の間の相互作用ポテンシャルの計算による実験結果との突合せも開始している。また一歩進んでイオンのさらなる極低温化のために必要なレーザー光源の準備も行い,レーザーの狭線幅化と周波数の長期安定度確保のための共振器システムの作成も行い,システムは完成している。この光源を用いてイオンの分光を行い,イオンのトラップ中の運動により現れるサイドバンドの観測ができるようになり,複数現れるサイドバンドの同定にも成功した。これは次のステップであるサイドバンド冷実現への重要な過程である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度には非弾性散乱過程をミリケルビンの温度領域で観測することに成功し,さらにイオンの温度をさらに冷却するために必要なサイドバンド冷却法のための狭線幅の729nmのレーザー光源系の作成を行った。今後はこのレーザーのさらなる狭線幅化と長期安定度の確保,さらにこのレーザーを用いたイオンの分光と実際のイオンの極低温化が目標である。長期安定度確保のための共振器の温度安定化の改善を行い,狭線幅レーザーの周波数安定度を高めることを行う。これらが実現できればイオンを10マイクロケルビン以下の極低温にすることが可能になり,現在すでに観測に成功している弾性散乱と電荷交換散乱について10マイクロケルビンの温度領域における観測ができるようになる。我々の用いているカルシウムイオンとリチウム中性原子においてはこの温度領域は散乱過程が量子的になる温度領域であり,この温度領域での安定した原子イオン混合系は世界中でまだ実現されておらず,我々の系が非常に有力な候補となっているだけに10マイクロケルビンの実現はインパクトが大きい。さらにこの温度領域の実現は極低温化学反応過程の観測についての重要なステップでもある。
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