2015 Fiscal Year Research-status Report
カンボジア・アンコール砂岩の風化プロセスに関わるクリープ変形と風化環境の研究
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26300008
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
藁谷 哲也 日本大学, 文理学部, 教授 (30201271)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 地形学 / 岩石風化 / 建築材料 / 熱環境 / 地盤工学 / 世界遺産 / 樹木伐採 |
Outline of Annual Research Achievements |
アンコール遺跡が19世紀後半に発見された際,その多くは崩壊し,厚い植生に覆われていたという。その後の保存・修復事業で,遺跡に繁茂した植生は除去され,散在した石材が積み直されるなどして遺跡は整備された。しかし植生除去は,石材の急激な温度上昇や蒸発量の増加を促し,劣化を加速させている可能性がある。また,比較的普遍的に砂岩石材の基部に見られる風化形態は,上載荷重によるクリープ変形が,熱環境の変化とともに関わっていると考えられる。そこで本研究では,昨年度に続き主要寺院の熱環境を現地観測するとともに,リモートセンシング(RS)による温度分布解析を行った。さらに建築物の応力解析に必要なデータを収集,分析した。 熱環境を分析するためアンコール・ワット(AW),バンテアイ・クデイ,タ・プロムの3寺院について,任意の基線に沿って14~15箇所,観測機をそれぞれ設置し,気温観測した。特にAWでは,第1~第3回廊に既設(10箇所)の観測機や自動気象観測システム(AMOS)からデータを回収して分析に利用した。また,赤外線放射温度計を用いて,随時砂岩石材表面の温度を測定した。応力解析用データは,第1回廊を対象に写真測量を実施して,3D画像を作成した。また,回廊の温・湿度環境を分析するため,第1回廊4方位について,横断形に沿うそれぞれ2~5箇所に観測機を設置した。さらに,環境試験機を利用した砂岩片のクリープ試験を実施した。これらの結果,祠堂は夜間から早朝にかけて高温状態が維持され,内部気温は周辺緑地より最大約8℃高いことが再確認された。また,日中の祠堂表面温度は,周辺気温より30℃近く高いことがわかった。とくにAWにおける高温化は,RS画像でも確認できた。一方,現地計測データに基づいた応力解析では,回廊の内柱について,その内側に引張応力,外側に圧縮応力が発生していることがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度は,APSARA(the Authority for the Protection and Management of Angkor and the Region of Siem Reap)から研究対象寺院の調査許可を得たのち,連携研究者や現地協力者などと熱環境調査,構造物測量などを順調に進めた。熱環境の現地調査では,調査対象を3寺院に絞って実施したため,比較的満足のいく観測データを得ることができた(機材の盗難が生じ,必要な箇所のデータを得られないケースも生じた)。一方,RSによる熱環境分析では,植物被覆の少ない寺院で高温状態にあることが確認できた。 過年度AWに設置したAMOSは,人工衛星経由で気象データの常時モニタリングを継続している。このため,日本国内でAMOSの状態を常時監視するとともに,必要な気象データを随時得ることにも貢献している。 AW第1回廊内部の横断面測量は,高所用の梯子を利用するなどして写真測量実施し,解析データを収集することができた。しかし,回廊の外側部分に対する測量は,屋根部分を見通すことが難しいこの方法では不可能であった。このため簡易測量により,回廊の外側部分のデータを補足し,第1回廊の建築構造を明らかにすることができた。 これら研究成果の一部は,2015年夏季のInternational Geographical Unionや2015年9月および2016年3月日本地理学会などで報告し,当初の目的をある程度達成した。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度の研究は,これまで実施してきた寺院とその周辺部における熱環境調査の補足調査を実施する。これまでの熱環境調査では,夜間から早朝にかけて,祠堂など砂岩建築物の高温化が生じていることが明らかとなっている。しかし,測定はおもに建築物内部の経時的な気温観測から明らかにされたもので,建築物の外側,すなわち砂岩石材表面の温度が時系列的に測定されたわけではない。そこで,夜間から早朝にかけての熱環境を現地調査とRS画像から明らかにすることを目指す。 なおAMOSでは,2015年の夏季調査後,豪雨と落雷によると思われる故障が発生し,観測データに欠測が生じた。カンボジアにおける機器の監視は,これまでAPSARAに依頼して実施してきたが,突発的な事故によるデータ欠測に対処する必要がある。加えて,このシステムの継続について,適切な現地機関を見つけて協力関係を構築することを検討したい。 寺院建築以降の古環境変遷を植物化石分析から推定するという課題については,未だ実施されていない。近年,研究対象地周辺で樹木年輪の解析が進んでいることから,計画当初よりその意義は低下した。しかし,古環境試料(植物化石や有機物など)の採取については,実施を予定し,遺跡周囲につくられた環濠や水田などから不撹乱試料の採取を検討したい。 構造解析に必要な回廊の測量データは,これまでに確保することができた。しかし,写真測量では建築物外側のデータを取得することが難しい。UAVの利用などを検討して,より詳細な測量データを得ることを目指す。また,砂岩供試体を用いた変形試験については,未だ十分なデータが集まっていないことから,砂岩ブロックを用いた試験を継続する。 これまでの研究データをとりまとめ,その成果を学術誌や学会などで発表することを進める。
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Causes of Carryover |
平成27年度の予算額は,26年度の予算残額が反映されていたため申請時より多くなっていた。この予算残額の発生は,おもにAMOSに導入した衛星通信システムが,納入業者による通信テストや無線免許取得などに期間を要し,衛星利用料が3ヶ月のみとなったためである。一方,申請時の平成27年度予算額と当該年度実支出額との差はマイナスとなった。すなわち,次年度使用額が生じたのは,おもに前年度から続く衛星利用料の支出減による。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度の研究では,おもに現地における熱環境調査,構造解析調査等を夏季に企画している。また,AMOSの管理に関する協議や最終的な補足調査を冬季に計画したい。このため,これら海外旅費に関わる費用やAMOS管理費などが夏季および冬季に支出される。一方,RSによる熱環境分析や室内における砂岩の変形試験では,人件費と分析・試験に必要な物品の購入,および衛星通信費など,定期的な支出が行われると予想される。論文校閲などの支出は随時発生する。
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