2014 Fiscal Year Annual Research Report
西欧教会ならびにオペラ劇場の動学的音場解析と評価・再現
Project/Area Number |
26300019
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
伊東 乾 東京大学, 大学院情報学環, 准教授 (20323488)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
添田 喜治 独立行政法人産業技術総合研究所, 関西センター健康工学部門, 研究員 (10415698)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | 西欧教会 / オペラハウス / 音楽音声音場 / 非線形ダイナミクス / 脳機能評価 / 演奏空間配置 / 伝統儀礼 / 言語伝達明瞭度 |
Outline of Annual Research Achievements |
2011年から13年までの前回科研の成果に基づき2014年の研究を遂行した。ドイツ連邦共和国バイエルン州バイロイト祝祭劇場との共同測定をボローニャ大学工学部環境工学科マッシモ・ガライ研究室との共同実験として実施した。 ヴァーグナー本人が指定し今日では殆ど守られることのない、奈落の底からの歌唱や舞台上最高部、キャットウオークでの歌唱と、その電子音響的な増幅・調整を通常の線形・非線形音場評価に加えて行った。我々はこれに対しaugmented amplificationの考え方でバイロイト祝祭劇場という楽器そのものを響かせるアプローチを採用した。高所や奈落の底などの位置に、場合によっては壁面に向け観客と反対方向に音を放射し、十分な建築側壁反射を伴う響きを得るようにした。これに伴う多重反射で通常は言語の明瞭度が損なわれる。そこでスピーカー設置後の響きの伝達関数を測定し、その逆関数を予めPAに際してイコライジング処理することで原理的に音声言語明瞭度を一切失わないまま歴史的建造物の建築音場を生かす電子音響併用の演奏システムを構築し、ヴァーグナー自身の指定に従って「パルジファル」「ニーベルングの指環」「トリスタンとイゾルデ」などの部分上演をシステムを用いるものと用いないもの双方の条件で3次元音場収録実施、有効な結果を得、解析を進めている。 音場内での言語認知の明瞭度評価については本質的にはヒト脳の言語認知そのものを探知、評価するのが最も原理的である。そこで研究代表者が1997-9年にかけ理論付けを行った音声言語のシニュソイダル分解と弦合成のシステムを組み直し、長年ご協力を得ている株式会社島津製作所の近赤外光スペクトロスコピーによる脳血流可視化システム(fNIRS)を用いた認知評価を行った。ヒト脳内で言語認知が発生した際に前頭前野連合野のニューロンで発生するシグナルの観測に初めて成功した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初計画では、前回2011-13年の基盤B研究で行った予備実験(東京・新国立劇場)どおり、奈落の底あるいは天井にスピーカーを設置し、単純拡声するaugmented amplificationを念頭においていた。この単体で十分画期的な結果が得られることになるが、Bologna Universityとの共同研究により劇場の響体に由来する多重反射の効果を除去する逆伝達関数処理法を導入することで、乱反射による言語明瞭度の低下を伴わず、より明瞭に音声言語の意味(歌われる歌詞の言葉)が聞き取れる3次元+時間発展の動学的な音楽音響処理のシステムを組むことができ、それに基づく演奏、評価、解析を行うことができた。伝達関数の評価にはダミーヘッドマイクロホンなど観客席側に準備する集音システムが必要であるが、簡便なバイノーラル録音でも実用上は十分な効果が得られることから、汎用性のある手法を確立した面があると考えている。 収録にあたっては従来のバイノーラル録音では評価の出来ない上下方向ならびに奥行きの前後方向を評価する6軸相関のシステムを組み、測定を行ったが、データ解析にあたってはさらに相関関数の時間発展を扱う新たな数理を構築した。すなわち従来の建築音場評価では相関関数解析はウイーナーの定理で保証されるフーリエ変換との対応を重視し短時間相関を定常状態の指標と看做す習慣があるが、これでは音楽の時間発展を評価することは出来ない。グリーン関数の方法を前提に理論的拡張を行い、新たに動力学的な評価を時間相関関数解析の形で定式化、解析を進めている。さらにヒト内耳の蝸牛ダイナミクスを前提に音声を非線形シニュソイド片に分解、再合成することで系統だった音声言語の分解音列を構成、これをfNIRSの脳血流評価に用いる事で音声言語の認知が成立した瞬間のニューロン活性化ピークの測定に初めて成功した。追試と公刊を準備している。
|
Strategy for Future Research Activity |
バイロイト祝祭劇場をフィールドとする(木造の、非線形共鳴に富む)オペラ劇場収録に一定の目処がつき(石造の、線形な共鳴が支配する場合も多い)<西欧教会>の収録と評価を、評価法の確立から検討準備する。ドイツプロテスタント教会についてはすでにヴィッテンベルク城砦教会(「95箇条の論題」が貼り出されたマルチン・ルターの指導教会)より快諾の意向を伝えられているが、宗教改革200年にあたる2017年まで全面的な改修工事のため本基盤B研究の期間中には演奏測定評価を実施することができない。これに先立つ西欧教会ならびにオペラハウスを始めとする演奏・上演空間評価、評価手法の確立とあわせ2方向から推進する。 第一はカトリック教会とくにゴシック大聖堂の評価を中期目標とする新たな評価手法の確立である。とりわけ脳機能評価とそれに関連する非線形動力学、音楽音声認知の基礎評価を段階的に推進する。現実の空間音響は一つの例外もなく非線形の振動現象であるが、普及している建築音響の解析はしばしば準線形な静的モデルに準拠している。物理的音波の伝播については非線形ひきこみによるコヒーレンスを音楽音響と音声言語双方について解析は弱くカップリングした正弦波による蔵本モデルを変形して実施する。 非線形振動の同期による共鳴の評価はvan der Pol系の摂動展開にくりこみ群の方法を用いて理論を整備し、教会、オペラハウス等の実測値との比較は研究代表者が書き下ろした時間発展する時間相関の包絡関数を用いて実施する。国内のフィールドでの対照測定(無響室等での基礎測定、東大寺二月堂など国内の歴史的建造物での宗教儀礼収録等)と共に、欧州現地の測定交渉(パリ・ノートルダム大聖堂など。葬儀などで随時不安定)を継続推進する。音場の脳認知評価については島津製作所との共同開発を継続し、頭頂葉空間認知モジュールのNIRS評価マッピングを整備する。
|
Causes of Carryover |
初年度に研究分担予定であった産業技術総合研究所関西センターの添田研究員が辞退したため、当該予算40万円分を執行せず、測定については別途海外大学(Bologna University)の協力を得ることとし、基幹開発については次年度に持ち越すこととした。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
初年度の測定で明らかになった、大容積空間での音響認知を音響計測のみならず認知計測として行う基礎から、北海道大学工学部・青木助教と基幹開発を進めることとした。ソフトウエア開発であるため多くの物品等は要さず、上記40万円を北海道大学と東京大学との間での打ち合わせ移動のための旅費、ソフトウエア小物購入、資料代、成果発表補助などの使途で使用する計画である。
|