2016 Fiscal Year Research-status Report
ルネサンスの批判的学問論の研究――ペトラルカ,サルターティ,ベイコンを中心に
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26350364
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
東 慎一郎 東海大学, 現代教養センター, 准教授 (10366065)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ルネサンス学問論 / ペトラルカ / 懐疑主義の歴史 / キケロ / アウグスティヌス / キリスト教 |
Outline of Annual Research Achievements |
2016年度はペトラルカ学問論の詳細な研究,とりわけ晩年のテキスト『無知について』の学問論的視点からの分析に専念した.第一に,懐疑主義の系譜におけるペトラルカの位置づけを明確にしようと努めた.研究計画開始当初より,ペトラルカのソースとしてキケロの『アカデミカ』に注目し,漸次,この書と『無知について』との比較を行ってきた.その結果,ペトラルカが『アカデミカ』のどこを参照したのかも大体突き止め,キケロの議論をどのように使ったかについても一定の結論に達した. ひとつ,暫定的な見方として得られた結論とは,ペトラルカの懐疑主義においては,キケロの場合よりも科学の根拠や基礎への問いかけが目立っているということである.これは,ペトラルカの議論の根幹にある,神の恩寵を重視する立場からすればさほど不思議なことではない.中世ラテン語思想圏における懐疑主義のプレゼンスは決して大きくないことは,これまで思想史において指摘されてきたことである.ペトラルカも,懐疑主義的議論に割く紙幅は『無知について』のほんの1,2ページの僅かな量である.他方で,このテキストでは,懐疑主義は人間知識の不確実性の議論の主要部分として,独自の活用がなされており,その学問論を支える柱のひとつと判断できる. また,ペトラルカ学問論における好奇心批判の歴史的文脈も2016年度に研究を進めたテーマである.アウグスティヌス『告白』によって大きく発展した,好奇心批判の道徳-宗教的議論が,ペトラルカにおいてたしかに継承されているわけだが,それがアリストテレス倫理学批判と相俟って独自の学問批判論を形成している.ここにはペトラルカの自然哲学批判も関係していることも,今年度明らかにできたことである.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画では,3年度目は同じく初期ルネサンスの人文主義者,サルターティに焦点を移し,その学問論の研究に費やす予定であった.しかし上述したように3年度目もペトラルカの学問論研究に費やし,その結果,当初計画よりも遅れている.他面で,ペトラルカ学問論の研究が予定以上に進み,深まっている.原因は後者が当初の予想より遥かに大きく,重要な問題を孕んでいることが,研究の過程で明らかになったことである. ペトラルカの学問論は,昨年度に一定の成果に到達した懐疑主義の独自の受容のみならず,知の倫理一般に関わる様々な根本的テーマが関連している.自然科学の意義,およびそれと倫理の関係,好奇心と理論的研究の功罪,あるいは理論と実践の優位問題が,それらである.こうした諸問題は,古代思想やキリスト教思想に淵源しつつ,現代まで及ぶ思想的射程を持っている.このようなペトラルカの歴史的重要性について,当初計画よりも遥かに認識が深まったということは,ルネサンスの批判的学問論の発掘という,予定外ではあるものの,科研費の研究テーマにとって重要な成果であることには変わりがなく,それは当初計画通りに研究を進めた場合と遜色がないと言えるだろう.以上より研究進捗状況を上記のように自己評価した.
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Strategy for Future Research Activity |
研究計画最終年度については,サルターティ学問論の研究を終え,17世紀のフランシス・ベイコンとその科学論,科学倫理まで視野を広げてテーマを追究する予定であった.しかし,上記【現在までの進捗状況】において記したように,計画は既に一定程度変更を余儀なくされている.ペトラルカ学問論が,思いの外大きな問題であり,簡単には一定の幅を持った結論には辿りつけそうにないことが明らかになっているからである. こうした事態は予想外であったが,今後の研究に関しては,一方でペトラルカ研究を一旦切り上げ,サルターティとベイコンの研究に着手し,当初計画完遂をできるだけ目指す,という方策も取り得る.しかしながら,今回の研究計画では,ペトラルカ学問論について,現在取組中の課題を終えた上で,現在手持ちのサルターティやベイコンの認識を若干補完した上で比較し,研究計画を締めくくる結論を出すことを目指す. 具体的には,(1) ペトラルカについて,理論/道徳(観想/実践)問題におけるその立場を明確にすることを目指す.そして,(2) ペトラルカとサルターティおよびベイコンとの簡単な比較を行い,三者の学問論に共通するテーマの明確化を試みる.具体的には,理論/実践問題を三者共通の重要関心と位置づけた上で,ペトラルカのキリスト教的関心と,サルターティの市民的人文主義の共同体的関心,およびベイコンにおける歴史主義的な指向の有用な知識への取り組みを比較する,という計画で研究を進める.
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Causes of Carryover |
2016年度は,計画に反し,ペトラルカの研究が中心になったが,それは研究計画構想の時点では予想していなかったほどにペトラルカ学問論の孕む問題が大きかったことに起因する. ペトラルカは膨大な古典を渉猟し,そこから自在に引用しているが,それは往々にして過去の重要な思想家や哲学者であり,こうしたソースを辿る作業は注意を要する.ペトラ懐疑主義の場合も同様で,当初の計画では,キケロ『アカデミカ』とペトラルカ『無知について』の比較を行う予定であったが,『アカデミカ』におけるキケロの議論の研究が近年著しく進展しており,それを利用したペトラルカと『アカデミカ』の比較も,計画よりも遥かに多くの時間を費やした. また,こうした研究は,2015年度の予算で購入した資料を引き続き使用しながら行われたため,特にサルターティの学問論等に振り向ける予定であった今年度の予算に相当額残余が生じた.
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
ペトラルカ学問論の予想を超える広がりや,提起する問題の大きさ,およびその研究に要すると予想される時間を踏まえた上で,今年度(2017年度,研究計画最終年度)の予算については,引き続きペトラルカ関連,それに加えてサルターティとベイコン関連に分けながら使用する予定である.予算の相当部分は,当初研究計画通り,国内旅費および英文論文校正料に振り向ける.残余額のうち,一部は,ペトラルカに関して2016年度に新たに浮上した研究課題に取り組むため,資料購入を中心に使用する.
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