2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
26370075
|
Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
佐藤 弘夫 東北大学, 文学研究科, 教授 (30125570)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 幽霊 / 怪談 / 家 / ムカサリ絵馬 / 供養絵額 |
Outline of Annual Research Achievements |
人は生活を共にし、あるいは親交を結んだ人物がこの世を去っても、すぐにその人を忘れ去ることはない。しかし、死者を記憶するスパンと方法は時代と地域によって同じではなかった。 日本列島についていえば、自然の忘却のプロセスに逆らってまでも死者を記憶に留めようとする試みが本格化するのは、16世紀以降の近世とよばれる時代のことだった。この時期は、人々が抱いていた理想の他界とその主である絶対的な救済者に対するリアリティが希薄化していくときに当たっていた。死者は遠い他界に旅立たたなくなり、この世に本籍の地を持つようになった。見ることも触れることもできない彼岸の仏に代わり、肉親や縁者が長期間にわたって死者をケアし続けることが常態化するのである。 こうした死者供養の儀式変容の背景には、彼岸表象の消失というコスモロジーの転換に加えて、世代を超えて継続する「家」の確立とその一般化という社会現象があった。人は、生前は家を媒介として地域のコミュニティを形成し、相互に助け合いながら生活した。息を引き取った後、今度は墓地にある死者仲間に迎えられた。死者たちは朝夕に本堂から聞こえてくる読経の音に気持ちを和ませ、ときには寂しさを託ちあいながら、折々に縁者や子孫が訪れることを心待ちにした。生者が家を介して共同体を形成していたように、死者もまた家ごとの墓所を単位としてコミュニティを作り、集団生活を営んでいたのである。 死者がこの世の住人となり、死者供養の主役が仏から人間に変わるにつれて、死後世界の世俗化は進んだが、近代に入るとそこから浄土の風景や仏の姿そのものが消え始める。冥界のイメージが仏教的世界観から解き放たれるのである。死者たちは、神も仏もいないあの世で親族同士が寄り合い、衣食住に満ち足りて苦しみや悩みのない生活を送っている。そのイメージを反映したものが、供養絵額でありムカサリ絵馬であり花嫁人形だった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「不幸な死者」をめぐるさまざまな問題について多角的な考察を行なった。不幸な死者は有史以前から見られる現象であり、その伝統は形を変えながら江戸時代を経て現代にまで継承された。また、幽霊の文化は東アジア各地において厚い伝統を形作っている。さらに幽霊は単独で存在するものではなく、その背景にはそれを生み出す文化的・思想的な基盤と土壌があり、同じタイプの幽霊でも時代と地域によってその意味付けは異なる。 そうした認識を踏まえて、日本近世を中心とする幽霊の特質を、時代と国境の枠を超えた広い視野の中でさまざまな角度から検討した。2016年度は関連する文献の網羅的収集に努めるとともに、身延町(山梨県)、東本願寺(京都)、川倉地蔵堂(青森県金木町)、遠野(岩手県)、八葉寺(福島県会津若松市)などで、死者供養に関する現地調査を行った。その成果を踏まえて、当該フィールドの宗教空間をトータルに解明し、それを背景として、そこに見られる「不幸な死者」「幸福な死者」の観念とその変容を考察した。また、それを歴史的・思想的なコンテクストに位置づけることを目指すとともに、地域的な特色を考察した。 研究成果は、吉林大学(中国)で開催された国際学会、および映像民族の会大会(松本市)等において報告し、成果を共有することに努めた。
|
Strategy for Future Research Activity |
これまで収集したデータについて、その分析とコスモロジーの解明を本格的に進め、先行研究の成果を援用しつつ、地域的な差異に留意しながら、その考察を通じて、それ以前の時代と比較しつつ、江戸期の人々に共有されていた死生観とコスモロジーを抽出する。それを踏まえて、近世の「不幸な死者」・幽霊の観念の特質を明らかにする。また、それがいかなる変容を辿りつつ近代に移行したかを、ムカサリ絵馬、供養絵額など民間に行われた行事をの検討を通じて解明する。 本研究を日本近世思想史という一特定領域の研究に留めることなく、非文字資料や体系化されないテキストからいかに思想や思潮を読み取っていくかという、思想史一般の方法論の問題として深化させていくことを目指す。そのため、この問題についての現段階における研究成果を、国際学会で発表して批判を仰ぐとともに、国内・国外の最先端の研究者と研究打ち合わせを行う(9月にリスボンで行われるEAJS大会においてパネル発表と研究打ち合わせを予定)。また、研究成果を共有すべく海外で国際フォーラム(中国の西安外国語大学を予定)を開催し、国内の若手研究者と、比較文化論的研究推進のための問題意識の共有とその深化に努める。
|
Causes of Carryover |
大学院文学研究科長、文学部長の職にあったため、公務多忙で大学を空けることができず、予定した調査と資料収集が一部実施できなかった。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究そのものは順調に進展して所期の成果を上げている。本年度は研究科長職を降りており、より多くの時間を割いて研究に専念することが可能である。次年度使用額は、昨年度実施できなかった調査などを本年度に行うことによって、すべて使用できる見込みである。
|