2015 Fiscal Year Research-status Report
近代への過渡期の民衆道徳における「孝」の展開と都市住民の実態
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26370084
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Research Institution | Mejiro University |
Principal Investigator |
早川 雅子 目白大学, 社会学部, 教授 (70212305)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 孝 / 報恩 / 家意識 / 民衆道徳 / 人別書上 / 幕末維新期 / 都市住民 / 世帯構造 |
Outline of Annual Research Achievements |
1.孝の展開:孝行の主体性という観点から孝道徳の展開を研究した結果、1700年代初頭の儒学(貝原益軒・中江藤樹)と1800年前後の民衆思想との間には、展開よりも断絶と称するに相応しい相違点があるとの結論を得た。儒学において孝の主体性自律性を支えていたのは、天地の全体的構造を知り天地の構成員たる自己存在を自覚する思想的営為である。しかし、この思想的営為は、1800年前後に刊行された民衆向け教訓書には認めることができないからである。 2.人別帳分析:「麹町十二丁目人別帳データベース」を分析した。(1)居住階層・転出入の頻度・職業の3つの観点から町の構造を分析し、(a)町屋敷25区画相互、(b)一つの町屋敷内部、(c)同一の居住階層内部において社会的階層分化が顕在化していることを明らかにした。(2)江戸定着状況は、3パターンに分かれる。物質的継承財である「家」を構築して継承に成功する【江戸定住型】、一定の範囲内を移動しながら江戸という地域に生活の場を固めるパターンのうち、比較的長期間居住して江戸定住を志向する【江戸居所型(長期居住)】、経済性の高い場所を求めて頻繁に移動する【江戸居所型(短期居住)】である。1865年4月時点における3パターン合計は107世帯(全144世帯)、【江戸定住型】は6世帯である。(3)ハメル-ラスレット分類法を用いて世帯構造を分析し、①単純家族世帯の構成比が高い点(4割強)は都市住民世帯に共通性する、②単純家族世帯再生産の理由として、上中階層では小規模経営、下層では職業と流動性があることを指摘した。(4) 高齢者の戸主に対する続柄、家族形態の移行という観点からライフコースを分析し、ライフコース選択の要因として経済的理由が大きい点を指摘した。(5)隣町・四谷塩町一丁目と比較すると、甲州道中沿いに位置する街道沿いの商用地という特色がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1.孝の展開:平成27年度は、1830年頃迄に出版された教訓書の分析を行う計画であったが、1800年前後のテキスト分析にとどまっている。分析が遅れた理由の一つは、儒学思想の展開過程という観点から民衆における孝道徳を捉えようとした方法論にある。しかし、孝の展開研究の成果から、1800年代前後を民衆思想における孝道徳形成の画期と捉える着想を得た。そこで、現行の研究を継続し、1800年代前後から1830年頃迄に刊行された教訓書の分析をすることによって、民衆思想における孝道徳が形成過程とその特徴を明らかにすることができると考えられる。 2.人別帳分析:四谷地区三町のうち、四谷伝馬町新一丁目人別帳分析が終了していない。同町に関する町方文書の収集に時間がかかり、町屋敷の区画数を確定することができなかったためである。現在、町屋敷16区画・住民世帯の復元、ハメルーラスレット分類法を用いた世帯構造の分析を進めている。四谷塩町一丁目人別帳と麹町十二丁目人別帳との比較研究により、甲州道中との位置関係という地理的状況が町の特徴に大きく関連することが明らかになった。この成果を踏まえ、研究対象地域(人別帳分析対象)を、四谷地域三町に絞り込むことにした。四谷伝馬町新一丁目人別帳の分析が終了次第、報告書作成に入る。報告書作成では、①幕末維新期における都市住民の具体像、②四谷地区に位置する三町それぞれの特徴を中心テーマにする。 [3]人別帳データベース公開:四谷伝馬町新一丁目人別帳分析が終了した時点で、人別帳データベース公開に着手する。データベース公開は、当初の計画を変更し、Webデザイナー等の専門業者に委託する計画である。27年度予算の一部は、専門業者に委託する予算に回す予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
1.孝の展開: 1830年頃迄に出版された教訓書は、孝を基調としながらも重点項目に着目すると、次の4種に分類することができる。①儒学の基礎教養を必要とする書籍、②家業の存続、斉家、使用人の使い方、後継者の養育方法、後継者になるための教育、③親の有り難み、親子間の情愛、孝養、健康管理、④「孝子伝」など孝行者の事績である。読者層は、②が江戸定着状況【江戸定住型】、③④が【江戸居所型(長期居住)・(短期居住)】に相当する。 (1)テキスト分析観点:民衆における孝の本質は、自己完結的な家族構成員の管理と自助努力にあり、近代国民国家の福祉政策に継承されるという観点に立つと、③のテキストが重要である。③を中心的資料にして、親の慈愛・子どもの親愛に関する表現や意味の変遷、親子間における血縁の意義、家・家族世帯形成と孝道徳との関連を観点に設定し、テキスト分析を進める。 (2)身体知としての孝:身体知とは、具体的な行為の累積によって身体に習慣化された行為である。実践を重ねることにより、孝行は自然な行為となり、親愛が形成確認されていくという意味で、孝には身体知に近い側面がある。④のテキストを中心的資料にして、身体知という観点から孝の性質を検討し、孝を人間の本性と定める論理との関係を考察する。 2.人別帳分析:「幕末維新期における都市住民の具体像(仮題)」成果報告を作成する。構成では、三町それぞれの分析成果を章に立てる。加えて、都市家族の実態と孝道徳との関連という意味で、高齢者世帯の分析を新たな観点に設定する。単純家族世帯の構成比が高い都市家族世帯において、高齢者の孝養や世代継承という孝道徳はどのように実現されたかという問題に連続するからである。
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Causes of Carryover |
人別帳データベースのWeb 公開と管理作業に遅れが生じたためである。人別帳データベースWeb 公開は、江戸町方人別帳22本をデータベース化し、Microsoft社製Excel形式を採用する計画であった。しかし、22本の内、渋谷駅周辺地域三町(渋谷宮益町3本、渋谷道玄坂町1本、渋谷東福寺門前1本)に闕本、脱落があることが判明した。相互に摺り合わせをしたが、公開史料にするには問題が多いため、公開を見送った。この史料摺り合わせに3ヶ月という時間を要し、データベース全てに渡り入力値が統一されているかをチェックすることができなかった。 当初の計画では、入力値のチェックは、専門的知識・技能を要しないため、大学院生等の補助を予定していた。しかし、作業能力を有する補助者を見つけることができず、申請者が全てを行ったため、Web公開の時間的余裕がなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
人別帳データベース公開における世帯構造の分析成果は、Microsoft社製Excel形式に加えて、データベースとしての操作性の高さを考慮して、ファイルメーカー社製FileMaker Proを併用することに変更した。データベースのデザイン設計は、及びデータベース公開・管理は、所属機関の情報処理担当助手の協力を要請する計画であった。しかし、専門性を有する適任者が不在のため、Webデザイナー等の専門業者に委託することにした。27年度予算の一部は、専門業者に委託する予算に回す予定で、すでに協議に入っている。 公開する人別帳は、人別帳分析報告書の対象地域を四谷地域三町に限定する。四谷塩町一丁目、麹町十二丁目の公開準備はほぼ完了。四谷伝馬町新一丁目の世帯構造分析用データベースの最終チェックを終了後に、データベース公開に着手する。
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Research Products
(2 results)