2014 Fiscal Year Research-status Report
セルフポートレートと演劇性:クロード・カーンと前衛劇の交差
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26370097
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
長野 順子 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (20172546)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | フランス前衛劇 / 仮面劇 / 人形劇 / 舞踊とエキゾティスム / 演劇の再演劇化 / 文化の編み合わせ |
Outline of Annual Research Achievements |
シュルレアリストの女性写真家・作家として近年注目され始めたクロード・カーン(とパートナーのムーア)の領域横断的な活動を「演劇性」という観点から捉え直すための最初の段階として、以下のような調査・研究を進めた。 (1)大衆芸術の隆盛と並び前衛芸術運動が高まった1920年代、カーン達がナントからパリに移住して最初に関わった前衛劇場「エソテリック劇場」と「プラトー劇場」について、とくに前者に関する原資料をフランス国立図書館BNFにおいてmicrofiche閲覧等により詳しく調査した。 (2)フランス前衛劇の系譜を、リアリスムや自然主義演劇への批判、19世紀末から20世紀初めの小劇場運動、そしてジャリ、アポリネール、コクトーらの活動を中心に跡づけ、アルベール=ビロの「プラトー劇場」が生れた経緯を諸資料により調査した。 (3)カーンと同時期にこれらの前衛劇場に参加した日本人の小森敏、瓜生靖、松山芳野里による舞踊《浦島》《猩々》やフランス語での『修禅寺物語Le Masque』公演を中心に、彼らの渡仏時と日本帰国後の活動についてBNF及び早稲田大学・演劇博物館等で諸資料の調査を行った。パリ滞在時の写真家中山岩太による舞台写真や、藤田嗣治による舞台美術についても興味深い事実が分かった。 (4)パリ万国博覧会の川上音二郎・貞奴らによる公演をはじめ日本の伝統舞踊をもとにしたパフォーマンスは、当時のヨーロッパ演劇界や舞踊界に衝撃を与え、前衛芸術に新たな方向性を示した。これらの現象に関して、E.フィッシャー=リヒテによる概念〈演劇の再演劇化〉――古代・東洋演劇への回帰――と〈文化の編み合わせ〉――異文化間の相互作用――を適用した考察を試みた。 (5)2014年12月に神戸大学で開催された日本学・合同シンポジウムで、フランス20世紀初頭の前衛劇運動への日本の舞踊家達の関与について英語による口頭発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)1920年代後半のパリの前衛劇場のなかでとくに「エソテリック劇場」が、先駆者の影響を受けながらどのような理念に基づきどのような具体的活動を行ったのか、当時のプログラムや批評記事等の原資料に基づいて調査できた。 (2)アルベール=ビロが立ち上げた「プラトー劇場」の背景となるフランス前衛劇運動の系譜が明らかになり、伝統的演劇を脱構築するために古代や東洋の仮面劇・人形劇を参照しようとしていたことが分かった。 (3)20世紀初頭フランスで、諸ジャンルの芸術家達が相互交流を行いながら新しい芸術の方向を模索していた状況、とくにフランスと日本の演劇・舞踊の領域における〈文化の編み合わせ〉が双方向で実現していたことが浮き彫りになってきた。 (4)欧米における初期の日本人舞踊家達の活動状況をもう一度見直す必要性と、これらの現象に関してドイツの演劇学者E.フィッシャー=リヒテによる「演劇学」及び「パフォーマンス研究」における諸概念が応用できることが明らかになった。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き1920年代の前衛劇について、日本人の参加状況や相互の影響関係に注目しながら調査・研究を進め、そこでのカーンの関わり方についても考察する。その際、舞踊評論家A.ルヴァンソンらの批評言説や当時の雑誌記事等も視野に入れる。 それとともに、カーンのジャンル横断的な仕事を統括的に捉える作業を進める。とくに彼女の代表的な著作である短編集『ヒロインたち』(1925)、自伝的エッセー『無効の告白』(1930)、小エッセー集『賭けは始まっている』(1934-6)、さらに初期の雑誌掲載の批評記事について詳細なテクスト読解・分析を行う。 また、初期から晩年まで撮りつづけていたカーンとムーアの共同制作である「セルフポートレート」について時期ごとに分類して分析する。その過程でそこに見られる異性装や仮装、鏡や二重露光を用いた折り返しや逆転という戦略、「仮面」を用いた身体感覚の異化といった側面を、「演劇性」という新たな視点から、E.フィッシャー=リヒテの演劇・パフォーマンス理論やJ.バトラーのジェンダー理論等も参照しながら考察する。 さらにフォトモンタージュにおける舞台デザインや演出、オブジェ作品での人形の使用、文学作品における現実とファンタジーの交錯や対話的要素等に、カーンの多岐に亙る活動における「演劇性」の現われを読み取り、文字通りにもまたメタファー的にも「劇場(演劇)」という変身の言語がその生と制作活動を支えていたことを跡づける作業を進める。
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Research Products
(2 results)