2014 Fiscal Year Research-status Report
希少性、秘匿性、新奇性をめざす絵画―北方マニエリスムにおける絵画形態多様化の諸相
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26370132
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 美術史 / マニエリスム / 珍品室 / タブロー / 銅板油彩画 / 石板油彩画 / 国際情報交換 / 多国籍 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、16世紀後半から17世紀にかけて北方ヨーロッパで流行した、石板や金属板、高価な布材に描かれた特殊絵画について包括的な研究を行い、新たな絵画の在り方を模索した北方マニエリスム美術特有の文化現象と位置づけることを目的とする。初年度である平成26年度は、石板油彩画について、現存作品のデータベース化を行うとともに、①絵画形態の誕生の経緯と北方ヨーロッパへの伝播②主題選択との関連性③特殊な支持体が芸術作品に与える象徴的価値④鑑賞形態のあり方⑤同時代の芸術理論との関係という5つの観点から、北方ヨーロッパにおける石板油彩画流行の発信地であった神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の宮廷を中心に、調査研究を行った。 その結果、1530年代のローマでイタリア人画家セバスティアーノ・デル・ピオンボによって初めて描かれた石板油彩画がアルプス以北に流布する上で大きな役割を果たしたのが、イタリアを訪れた北方画家たちであったことが、改めて確認された。また、アラバスターなどの斑紋は、聖人や怪物など超常的な存在の出現や奇跡を効果的に演出するために好んで用いられたことも判明した。プリニウスが『博物誌』で伝える、斑紋がアポロとムーサたちの姿を象るピュロス王の瑪瑙の指輪など、何等かの象形を示す石の斑紋は、自然自身の手による極めて貴重な芸術作品と捉えられていたこともあり、石の斑紋を絵画表現に巧みに転用することで、画家は、絵筆の力で自然と技を競うという意識も有していたと推測される。こうした石板油彩画は、プラハ城では、キャンバスや板に描かれた通常の油彩画が展示される回廊や広間ではなく、珍品、貴品が収められた「珍品室」に収蔵されていたことが、財産目録より確認される。石の斑紋が画家の構想力を鍛錬するのに役立つとするレオナルドの見解も当時の画家の間で知られており、石板油彩画の流行を後押ししたと考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」でも述べたように、平成26年度は当初の研究実施計画通り、石板油彩画の北方ヨーロッパへの伝播の経緯、主題選択、象徴性、鑑賞形態等について、集中して調査研究を行い、一定の成果をあげることができた。これに加えて、年度の前半には、京都大学若手人材海外派遣事業研究者派遣プログラムを利用してドイツのトリーア大学に研究滞在し、16世紀後半以降の特殊絵画の隆盛を準備した15世紀から16世紀前半にかけての先駆的事例についての調査を合わせて行った。研究滞在中はドイツ、ルクセンブルク、フランス、オランダの各美術館・博物館において関連作品の実見調査およびデータ収集を精力的に行うとともに、トリーア大学・シュトゥットガルト造形大学合同ワークショップで研究発表を行い、両大学の教授陣や他の参加者から、今後の研究の進展に非常に有益な意見を得ることができた。 15世紀から16世紀前半にかけての先駆的事例のなかでも、特に興味深いのがドイツの画家デューラーが15世紀末に制作した《悲しみの人》(カールスルーエ、クンストハレ所蔵)である。本作品の支持体は通常の木板であるが、それが繊細な装飾の施された鍍金金属板に見立てられており、イエス顕現を示す青雲が金属板を腐食させるという斬新な描写を通じて、金地という聖画像に伝統的な背景処理を踏襲しつつも、聖なる存在の現前をより現実的に鑑賞者に提示する工夫がなされている。デューラーはこの新奇な着想を中世の金属板絵画から得たと推測されるが、支持体の物質性を利用して斬新な絵画表現を目指す試みは、石板の斑紋や絹地の光沢を用いて従来の絵画にはない表現をめざした16世紀後半の画家たちの先駆をなすものと位置づけられるのである。 以上、本研究はおおむね順調に進展していると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題の当初の計画では、平成27年度には「リネン・絹本水彩画」について集中して調査研究を行い、最終年度にあたる平成28年度には、金属板油彩画について、特に北方ヨーロッパで流行したキャビネット扉へのはめ込みの問題について補足研究を行った上で、過去2年の研究成果と合わせて、「北方マニエリスム美術における絵画形態の多様化」現象について包括的な視点から考察し、独自の北方マニエリスム論を構築する予定である。この計画に大きな変更はないが、「リネン・絹本水彩画」の現存作例が少ない一方、金属板油彩画の作例は数多く現存し、形態や表現も多岐にわたる。そのため、3年度で研究計画を達成すべく、平成27年度には「リネン・絹本水彩画」に加えて金属板油彩画の調査も前倒しして行うこととする。また、「現在までの達成度」で述べたように、作品の実見調査および国内外の研究者との意見交換が本研究の推進に極めて有益であることが改めて認められた。そこで、残る2年度でも、できる限り国内外での作品調査を実施するとともに、引き続き、国際学会やシンポジウム等で積極的に研究発表を行えるよう、研究日程を調整する。加えて、研究成果をいち早く公開するため、ホームページの充実も図る。美術作品の場合、画像のインターネット掲載に関しては社会的合意がいまだ整わず、所蔵機関から高額な使用料を請求される場合もあるため、困難がともなうことも事実である。こうした問題を解決すべく、リンク機能の充実やパブリック・ドメインの有効活用など、技術的な面での向上も図りたい。
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Causes of Carryover |
平成26年度は配分された直接経費130万円のうち使用した額は約60万円余りで、約70万円の次年度使用額が生じた。これは、「現在までの達成度」で述べた通り、年度の前半(2014年3月30日~9月30日の6か月間)、京都大学若手人材海外派遣事業研究者派遣プログラムを利用してドイツのトリーア大学に研究滞在したためである。滞在中、ドイツ、フランス、ルクセンブルク、オランダ等の美術館・博物館で精力的に作品調査を行ったが、幸い、ほとんどが陸路であるため、当初の予定に比べ旅費を大幅に削減することが可能となった。また、トリーア大学付属図書館には研究に必要な図書資料が大部分蔵書されており、また、当大学美術史研究所には最新の機器が揃っていたため、物品費も節約することができたのである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
その結果、平成27年度には、当初の年度配分金120万円に前年度未使用額70万円を加えて、190万円が使用可能となった。これを利用して、「今後の推進方策」で記したとおり、平成27年度は国内外の美術館・博物館での作品調査をこれまで以上に積極的に行うとともに、海外のシンポジウム等にもできる限り参加して研究者との意見交換の機会をできる限り設ける。また、最新の研究動向を把握すべく、関連分野も含めた図書の購入を引き続き行う。膨大な画像データの効率的分析のための電子機器も、場合によっては補充する予定である。具体的には、関連図書や画像分析機器の購入にあてる物品費として50万円、国内外の調査旅費として120万円、謝金等に5万円、英文校正料を含むその他に15万円を使用する見込みである。
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