2016 Fiscal Year Research-status Report
希少性、秘匿性、新奇性をめざす絵画―北方マニエリスムにおける絵画形態多様化の諸相
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26370132
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 美術史 / 芸術諸学 / マニエリスム / 北方ヨーロッパ / 珍品室 / 油彩画 / タブロー / 特殊絵画 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、16世紀後半から17世紀にかけて北方ヨーロッパで流行した、石板や金属板、高価な布材などに描かれた特殊絵画について包括的な研究を行い、新たな絵画のあり方を模索した北方マニエリスム美術特有の文化現象と位置付けることを目的とする。3年次にあたる平成28年度は、研究の総括に向けて、本現象を準備した15世紀以前の状況について、主たる調査研究を行った。 本研究が主たる対象とする金属板や石板を支持体とする特殊絵画は、1530年代のイタリアで初めて描かれたが、それに類似した実践は15世紀以前にもごくわずかではあるが確認される。テオフィルス著『様々な技術についての提要』には、木板に貼った金属箔に油性顔料で絵を描く手法が紹介されており、これに該当すると推測される中世の遺物もわずかながら現存する。また、エナメル細工の中心地リモージュでは、無色透明なエナメルで金属板を包んで焼き、色付きのエナメル粉を筆で塗ってさらに焼成するエマーユ・パンの技法が15世紀には開発され、フランスの画家ジャン・フーケはこの技法を用いて、独創的なメダル型自画像を制作した(1450年頃、現ルーヴル美術館蔵)。一方、ドイツのデューラーは、板絵を金属板に見立てて錆の描写を加えることで、聖なる存在の現前を現実的かつ神秘的に表現する試みを行っている(1496年頃、カールスルーエ州立美術館蔵)。このように、15世紀、進取の画家たちが絵画作品の支持体に着目して、それを操作することで、今までにない斬新な表現を目指したのである。レオナルドも『絵画論』において、エマーユ・パン技法で制作された「絵画」は彫刻に比する耐久性を有すること、また、石の斑紋は画家の創造力を訓練するのに適した素材であることなど、16世紀の特殊絵画の展開を予見するような言説を残しており、こうした15世紀の諸々の試みが、16世紀の特殊絵画隆盛の素地を整えたといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」でも述べたように、平成28年度は、平成27年度に新たに得られた成果を受けて、16世紀の特殊絵画の隆盛の下地となった、15世紀以前の歴史的状況について、より踏み込んだ調査研究を行った。その結果、ドイツのアルブレヒト・デューラーに加えて、フランスのジャン・フーケ、イタリアのレオナルドなど、ヨーロッパ各地の進取の気風に富んだ画家たちが、絵画の物質性、とりわけ支持体に対する鋭敏な意識を形成していたことが確認された。これらに加えて、ヒエロニムス・ボスをはじめとするネーデルラントの画家たちの中には、甲冑に油彩で絵を描いたとの伝承を持つ者もおり、この点については、次年度、引き続き、追加調査する必要があると考える。 一方、特殊絵画に関する言説という面からも注目されるのが、レオナルドの『絵画論』である。その言説が、例えば、石の斑紋を絵画表現に転用する後期の石板油彩画の制作にある程度影響を与えたであろうことは、先行研究においてもすでに指摘されており、本研究が1年次に扱ったプラハ城で制作された諸事例においても、そのように推測される。銅板絵画に関しても、明らかにエマーユ・パン技法で制作された絵画的なエナメル装飾を念頭に、その耐久性を対彫刻の優劣論における利点と明言しており、16世紀の銅板油彩画の制作および受容に少なからぬ影響を与えたことは必至である。目下、レオナルドの『絵画論』以外の15世紀に執筆された芸術論に、特殊絵画の誕生を促すような記述がなかったのかを精査中であり、これを16世紀の言説の分析と合わせて、次年度も継続して行っていく。 以上、本年度の調査研究によって、当初、想定していた研究課題について、一定の知見が得られたとともに、さらなる研究成果のつながるような、新しい展望を獲得することができた。このような点から、本研究はおおむね順調に進展していると判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
前述のように、当初、本研究課題の研究期間は平成25年度より3年間を見込んでおり、平成28年度には研究を終了する予定であった。しかし、平成28年度の研究過程で新たに獲得された方向性のもとに、さらに1年度調査研究を行うことによって、より一層優れた研究成果が得られるとの確信から、科学研究費助成事業補助事業期間延長の申請を行って承認を受け、平成29年度も研究を継続することとしたのである。 平成29年度の研究の推進方策は次の通りである。まずは、平成28年度の調査研究で得られた新たな方向性に則った調査研究として、15世紀ネーデルラントにおける甲冑油彩画の現存例および関連史料を精査するとともに、15世紀芸術論における特殊絵画を予見する言説の有無および16世紀の芸術論との関連性を確認する。そのため、引き続き、これらの領域に関する先行研究および原典資料の精査に加えて、オランダとベルギー、ドイツの美術館において、関連作例の実見調査を行う。合わせて、必要に応じて、これまでに本研究の推進に際して協力を得たトリア―大学およびウィーン大学他所属の研究者とも意見交換を行う。 また、本研究課題は16世紀から17世紀にかけてヨーロッパで制作された特殊絵画であるが、そのなかでも銅板油彩画は、宣教師やキリシタンらの手によって、江戸時代以前の日本にももたらされた。その後、様々な経緯を経て現在日本各地の美術館、博物館に現存する銅板油彩画に関しても新たに調査対象とし、ヨーロッパでの銅板油彩画との様式上の関連性や受容形態等、解明を試みたい。その際には、本研究がすでに明らかにした銅版画流布の中核の一つであるローマ教皇ピウス5世周辺とのつながりが重視されると予想される。 以上、平成29年度の研究は、本研究課の成果をよりグローバルな視点から捉えなおすという意味でも、より今日的な意義を有するものと考える。
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Causes of Carryover |
前述のように、平成28年度の調査研究の過程で、さらなる研究成果につながると期待される新しい方向性を獲得するに至った。そこで、当初、本研究課題の研究期間は平成25年度より3年間であったが、さらに1年度調査研究を行うことで、より一層すぐれた成果が得られるとの予見から、平成29年度までの科学研究費助成事業補助事業期間延長の申請を行うため、助成金を温存すべく、平成28年度の早い時期から、計画的な経費節減を行ったのである。具体的には、調査日程を効率的に組むことで出張期間を短縮する、パソコン等の電子機器の購入に際しては同スペックでも価格の安価なものを入念に選定する、あるいは、為替レートの有利な海外書店から直接専門図書を購入するなどである。こうした計画的使用により、28万円余りの助成金を次年度使用額として残すことができたのである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成29年度の使用額は28万円余りであり、この金額を有効に活用して最大限の研究成果をあげる必要がある。まずは、本研究課題遂行に必須の、美術館および博物館での作品の実見調査のための国内外旅費として、使用する予定である。その際には、調査先を厳選して、できる限り効率的な日程を組むなどの工夫を行う。また、先行研究や史料の原典を分析するに際しては、ネット公開されている史料をできる限り活用したり、すでに日本の諸大学に所蔵されている図書を貸し出すなどして、最小限の支出に留める予定である。また、英文校正に際しては、校正期間を長く見込むなどして、その費用の圧縮を図る。
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