2015 Fiscal Year Research-status Report
万葉集仙覚校訂本作成過程の解明に関わる万葉集諸伝本の包括的研究
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26370223
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Research Institution | National Institute of Japanese Literature |
Principal Investigator |
田中 大士 国文学研究資料館, 研究部, 教授 (40722137)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 仙覚校訂本の底本 / 仙覚校訂本の奥書 / 万葉集片仮名訓本系統の系譜 / 万葉集片仮名訓本系統の流布 / 仙覚寛元本の復元 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、万葉集仙覚校訂本の生成過程を、現在残る関係諸伝本を徹底的に調査し、分析することによって明らかにするというものである。そのうち、分析の点では大いに進展が見られた。万葉集仙覚校訂本の第一次本である寛元本の底本を片仮名訓本系統であるという申請者の学説は、仙覚本の奥書と矛盾する点があり、その点、論証に障害があった。が、美夫君志会大会の発表および論文において、仙覚の奥書の方に矛盾があることを指摘し、仙覚寛元本の底本は片仮名訓本であることが確定した。その際、昨年度撮影を行った紀州本万葉集のカラー写真が大変役に立っている。また、高岡市万葉歴史館での夏期セミナーでは、寛元元年に、鎌倉と奈良で行われた万葉集校訂作業が、ともに片仮名訓本系統の本を使用していることを指摘し、当時広い地域で片仮名訓本が校訂の底本に使われていたことを証明した。また、「国語国文」誌では、忠兼本から仙覚寛元本の底本まで、付訓形態が変化していても、訓の状況が一貫したものであることを、検天治本を中心に論証した。これらの見解は、大正13年刊の『校本万葉集』以来の学説を覆すもので、従来の万葉集の伝本観を一新する。特に、仙覚校訂本奥書との矛盾を解消したことが特筆すべきことと考えられる。一方、神宮文庫蔵の神宮文庫本万葉集などの調査の方面では、所蔵者から撮影許可が得られないなど計画通りに進まない点もあった。 また、上記の見解を、上代文学会の夏季セミナー(8月・仙覚寛元本生成の過程)や美夫君志会の万葉体験ウオーク(9月・昭和美術館蔵紀州本万葉集の性格)などで、大学院生、若手研究者、一般人などに平易に解説する機会を得て、研究成果の国民への還元も行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
万葉集仙覚校訂本の生成過程の解明については、底本との関わりについては計画以上に進展した。特に、申請者の主張する学説と仙覚校訂本の奥書とで矛盾が存することが従来大きな障害であったが、奥書の読み取りにより、仙覚の記述に虚偽が存することを明らかにした。これによって、申請者の学説における最大の問題点は解消した。また、寛元元年(1243年)の奈良と鎌倉での万葉集校訂事業に着目することにより、当時片仮名訓本系統が信頼される本として広く流布していたことを論証するなど、片仮名訓本系統が仙覚校訂本の底本である点についての論証は格段に厚くなった。一方、神宮文庫本、細井本などの寛元本系統と言われる伝本の調査、解明は、所蔵者からカラー写真撮影を断られるなどの事情で十分に進展していない。これらの本は、いずれも浩瀚なもの故、カラー写真の入手は必須と考えられるが、実地調査は可能なので、可能な限り実地調査を行い、調査、研究を実行したい。
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Strategy for Future Research Activity |
仙覚校訂本の底本の解明までは順調に進んできたので、今年度は、仙覚寛元本の解明のための伝本調査、特に京大本代赭書き入れの調査、研究を行いたい。同代赭書き入れが、寛元本の姿を反映しているという大枠は申請者が明らかにしているが、二〇巻全体にわたる具体的な論証はこれからである。近年、同様の性格でさらに価値が高いとされる陽明文庫蔵の古活字本が出現しているので、その研究成果を参照しながら、寛元本の実態を明らかにしてゆきたい。 寛元本系統の伝本である神宮文庫本と細井本の検討は、カラー写真の入手が困難であるため(ただし、細井本は一部)、実地調査で、朱の書き入れの区別、書き入れられた時代の判別を行い、できうる限りの調査を進める。
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Causes of Carryover |
当該年度に神宮文庫蔵神宮文庫本万葉集のカラー写真撮影、ならびに東洋文庫蔵細井本万葉集のカラー写真購入(前年度購入の残り分)を予定していたが、神宮文庫からは、影印版刊行(新たな影印版の本を作るということ)の予定が伴わない新たな写真撮影は許可できないとの連絡を受けた。また、東洋文庫からは、同文庫蔵の資料のカラー写真は、資料全体の三分の一以内しか頒布できないとの連絡を受けた。使用予定額は、他機関の調査、他の資料購入などに振り替えて使用するようにしたが、上記の資料の写真撮影、並びに写真購入の予算が大きかったために、やむなく次年度に回すこととなった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
予定していた神宮文庫本万葉集のカラー写真撮影は事実上不可能になった。一方、東洋文庫からの細井本万葉集全巻のカラー写真の購入は、話し合いによる交渉の余地が残る。そこで、東洋文庫とは、購入の交渉を続ける一方、購入が不可能になった場合の研究の方針の変更を考えている。ひとつは、東洋文庫などへの実地調査の回数を増やし、朱の書き入れなど、カラー写真などで知りうる情報を補うことである。もう一つは、京大本万葉集の精細写真の購入である。京大本は、京都大学附属図書館からインターネットで写真が公開されているが、本研究が対象とする代赭書き入れについては判読が困難な部分が多い。それら判読困難な部分について、同図書館が所持する精細写真を購入することによって京大本万葉集の方の研究を進展させる予定である。
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Research Products
(8 results)