2014 Fiscal Year Research-status Report
夏目漱石によるイギリス受容―小説理論の構築の一環として
Project/Area Number |
26370263
|
Research Institution | National Institute of Japanese Literature |
Principal Investigator |
野網 摩利子 国文学研究資料館, 研究部, 助教 (60586668)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | 夏目漱石 / イギリス経験論 / 夏目漱石の留学 / 国際研究者交流(イギリス・ケンブリッジ) / 近代と前近代 / 古文辞 / 書記行為 |
Outline of Annual Research Achievements |
夏目漱石留学当時1900年から1903年にかけての学問状況を調査し、漱石が、人間学としての文学は哲学を包含し、発展させた形態であると理解していたことを突き止めた。 2015年2・3月、University of CambridgeのFaculty of Asian and Middle Eastern StudiesにAcademic Visitorとして在籍し、研究・教育に携わった。世界有数の図書館であるケンブリッジ大学附属図書館において、20世紀初頭のイギリスの学問状況の調査し、その全体像を捉えられた点は、本研究にとって申し分ない礎とすることができた。 漱石の在英中、イギリス経験論はすでに研究の対象になっていた。その哲学者の一人、デイヴィッド・ヒュームによる中世への目配りは、広く影響を及ぼしていたことが分かった。ヒュームの経験論は人間の感覚や知性の考察である。ヒュームが伝承文学に関心を寄せたのも、その人間の様態が、彼の取りだそうとしている、人間の言葉と身体をめぐる型にヒントを与えるからだった。 文学側から言えば、登場人物を一作品で何人も創作する必要があるため、経験論による人間考察は、関心領域として近い。漱石自身もそこに共感したのだろう。漱石はイギリスの学問からの示唆を、つねに自身の教養と絡めて受けとめた。人間総合学とそれを表しうる細やかな文字の学とを前近代の日本からも再発見した。それは荻生徂徠などによる古文辞学である。 私は同FacultyでLectureを担当させてもらった。「The Cultivation of Meiji-era Japanese: an Analysis of Natsume Soseki's Meian」という題で、漱石『明暗』に活かされた中国と日本の古文辞について講義し、漱石の問題意識を共有できた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画どおり、イギリスのケンブリッジ大学にてアカデミックビジターとして調査・研究を行うことができ、漱石留学当時の学術研究が、イギリス経験論の影響下で、人間の知覚感覚によって受け渡される文学に目を向けるようになっていたことを突き止めることができた。 現在、仕上げの段階に来ている私の第二著において、漱石の文学が登場人物の思考と感覚との往還運動によって成り立っていることを論証している。漱石そのひとの思考を支えるバックグラウンドの調査を、昨年度のケンブリッジでの研究で、ほぼやり終えたため、現在は、国内外の読者へこの研究成果を分かりやすく提供することに専念することができている。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成27年中に私の第二著となる単行本『漱石の言語実践』を刊行する。漱石の文学理論とそれに基づいた実作とが、イギリス経験論をふまえ、人間の末梢神経や知覚感覚を重視した考察および創作であったことを証明する。とりわけ、登場人物がなす書記行為に着目している。記憶にある感覚の喚起、現在時の感覚如何で変わる書記内容、文字の読み手にもたらす影響などは、漱石が好んで描いた小説の核心部であるからだ。 平成27年度の最後の3ヶ月は、漱石が受容していたスコットランド啓蒙哲学の実態を検討する。 平成28年度は、漱石がスコットランドに滞在した20世紀初頭、まだ息づいていた古代民謡に関する現地調査を行う。それをもとに、漱石による、東西の伝承物語への造詣を探り、漱石小説に活かされたそれらの骨格、言葉遣いなどをまとめたい。
|
Causes of Carryover |
イギリスのケンブリッジ大学でアカデミックビジターとして調査・研究を行うことが決まっていた期間は、2015年2月から3月までであったため、円安がどこまで進むか不透明だったこともあって前倒し申請をさせていただいた。 当地で漱石が研究対象にしていた18・19世紀の古書を購入予定であったが、ケンブリッジでの骨董書籍の市が2日間限りであったため、機関経由で決済する余裕がなく、自費で購入した。そのため、使用予定額から若干の残金が出た。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
東北大学附属図書館漱石文庫調査旅費の足しとする。漱石文庫蔵書目録では、刊行年不明のものや、書誌情報を間違えて登録されている書物が少なくないため、現物によって確認する。平成27年刊行に向けて用意している研究書においては、漱石自身が読んだ書物を用いて論証しており、引用にあたり正確を期している。複数回の調査が必要になる。
|
Research Products
(7 results)