2015 Fiscal Year Research-status Report
英国歴史小説の射程―スコット『ウェイヴァリー叢書』の越境・変容と文化的交渉
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26370288
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
Outline of Annual Research Achievements |
各種エディションの出版状況の具体的な把握、整理に関する継続的作業として、昨年度未確認のままにとどまっていた版について、大英図書館ならびにボドレアン図書館にて調査を実施した。特に、娯楽や旅行と結びついたポケット判全集に加え、19世紀後期に出版された労働者層に向けた廉価版や学校教育と連動した挿絵入りの教育版全集等を参照し、当時の全般的な知の欲求に応えつつ、なお特定の用途や限定的な読者層に向けて出版されたこれらの全集が作品の受容やその後の評価に与えた影響について検討した。 これと関連して、19世紀後半の一般的な知的要請が別のかたちで顕在化ないし特殊化し、している場として世紀半ばに若い読者向けに出版されたReadings for the Young; from the Works of Sir Walter Scott(1848)や、The New Royal Readers(1884)等の代表的な読本、教育現場での使用を目的にA&C. Black社から出版されたシリーズや解説書等、教科書版や教育関連資料の調査、収集をおこなった。そのうえで、代表的な教科書版における『叢書』の活用や提示のありかたとして、作家シェイクスピアやその作品提示との類比、イングランド中世を舞台とする作品選択とその設問内容、特定の場面や登場人物の特権化や歴史読本との類似点といった点を中心に、Marcus Ward版教育用全集とも比較しつつ分析を進めた。 あわせて、これらと同時期に出版された派生作品についても、その代表的な文献について調査や資料の収集、整理を進め、19世紀に盛んになった文学旅行との密接な連動をふくめ、読者による作品の具体化や作品世界と現実世界との交渉という歴史小説のジャンル的特徴を分析する土台とした。以上の考察の一部について論文にまとめ、所属学会のシンポジウムにて報告する準備を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成26年度に概要を把握した各エディションのうち具体的な参照が完了していなかったエディションについては、その対象を絞り、ほぼ調査が終了した。その一方、平成27年度に予定していた教科書版や教育関連資料については代表的な文献の整理や参照がまだ残っており、派生作品についても、その種類や数が相当数に上ることがあらためて明らかになった。また、これらの調査、分析の過程で、19世紀における歴史小説とその派生作品が惹起、促進し、現実世界との交渉という観点からきわめて影響力の大きかった現象として文学旅行ないし観光という重要な論点が浮上してきたため、その検討も必要となった。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度の考察をふまえ、代表的な教科書版や教育関連資料について特徴をまとめるとともに、『ウェイヴァリー叢書』の派生的出版物やそれが喚起した現象が具体化する歴史小説のジャンル的特徴について検討する。これらを通して、19世紀における『ウェイヴァリー叢書』の多様な文化的な交渉について包括的に考察し、あわせて、それらがスコット作品に対するその後の評価ないし否定を用意した可能性を検討する作業を進める。このため、参照が終了していない教科書版の一部、及び派生作品や派生現象関連の資料について、英国にて調査、収集を実施する。 なかでも、The Landscape Illustrations(1832)をはじめ、作品の題材や舞台となった土地をめぐる逸話集や画集を対象に、それらがスコット作品における史実や現実の土地との接点という特徴をさらに前景化して読み手の能動性を触発し、文学旅行という現象を喚起しつつ、読者共同体の形成や現実の共同体への帰属感を促して作品世界が現実世界との連動を深める過程について考察する。その際、19世紀に大きな展開をみた重要な現象として、スコット作品をめぐる19世紀の文学旅行の実態について可能な限り把握を試み、また、この現象が新たに生み出した文学ジャンルとしての旅行記や旅行ガイドブックでの記述にも注意を払いつつ、それらが具体化する作品世界や当時の知的・文化的関心との交渉について分析する。また、これら派生作品や文学旅行関連の文献はきわめて多数に上り、なかには類似のものが存在することも判明してきたため、その選択には慎重を期したうえで代表的出版物に分析を限定し、全体的な傾向の把握に努めることで対応することや、20世紀以降の派生作品については簡単な調査にとどめることも視野に入れつつ、これらの考察の一部について所属学会のシンポジウムでの報告や論文にまとめる準備を進める。
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Causes of Carryover |
主として、購入予定であった文献の出版が遅れ、購入にいたらなかったこと、また、紙媒体の複写を予定していた文献が無料の電子媒体にて入手可能だったこと等によるものである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
一昨年度出版予定であった文献の購入、及び資料の調査、収集の旅費、文献取り寄せのための費用に充当する予定である。
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Research Products
(1 results)