2014 Fiscal Year Research-status Report
美的教育理念におけるS.T. コールリッジと密教思想との接点
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26370305
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Research Institution | Kobe College |
Principal Investigator |
和氣 節子 神戸女学院大学, 文学部, 教授 (00248113)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | コールリッジ教育理念 / カント美的「無関心性」 / 空海 真言密教 / コールリッジ芸術論 / 共通感覚 |
Outline of Annual Research Achievements |
イギリス・ロマン主義詩人・思想家S.T.コールリッジの美的教育理念にみられる、密教思想的な要素を明らかにするという本研究の計画に即し、初年度の平成26年度は、カント『判断力批判』、『実用的見地における人間学』、および空海の一次資料の精査を行った。 先ず、カントの「共通感覚sensus communis」論を、カント以前の「共通感覚」論の流れの中で位置づけ、そのうえでコールリッジのcommon senseの言及箇所を取り上げ、カント独自の「共通感覚」論からの影響を考察した。 カントそして、コールリッジが認める「共通感覚」の働きには、美的「無関心性」(disinterestedness)が必要となる。この美的「無関心性」を意識的に作り出せる能力を養うことで、「共通感覚」を活性化し、他者と共に、お互いの道徳性と信仰心を深めながら生き続けることが可能となる。このような人材の輩出がカントの美的「無関心性」を重視した、コールリッジ全人的教育の理念といえることを指摘した。 そのうえで、空海の『弁顕密二教論』、『即身成仏義』、『秘蔵宝論』に、コールリッジのカント的美的「無関心性」にもとづく「共通感覚」による道徳性強化に類似する考えが認められることを、6月の国際学会Romantic Connectionsでの口頭発表において指摘した。 更に、コールリッジのワーズワス、シェイクスピア批評をとりあげ、美的「無関心性」と、外界を観る力(power of seeing and contemplation)との関係を、コールリッジがいかに捉えているのかを分析し、真言密教での代表的修法の一つ、阿字観にみられる空海の観る力の重視との類似を検討した。途中成果であるが、3月末の国際学会Coleridge and Contemplationで講演した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
8月に予定していたワーズワス国際学会参加とケンブリッジでの資料収集のための渡英は、予定外に2015年3月末の招待講演を引き受けたことと、大学業務の都合で実行出来なかった。しかし、その分、2014年度は高野山大学図書館での資料収集に時間をかけることができ、空海関連の資料、特に、インド密教とネオ・プラトン主義やキリスト教との影響関係に関する資料を集めることができた。 二つの国際学会における発表に基づいた論文を2015年度中に国際的機関誌に提出すべく、カント、コールリッジ、空海の著作に加え、コールリッジが熟読し、かつ仏教との接点も指摘されることが多い、シェリングの芸術哲学を含ませ、彼らの一次資料を、美的教育理念という観点から精読していった。また、研究発表の際に大きな問題となる、空海の英語翻訳の歴史と現状を調べ、各著作ごとの英訳状況と、今後の研究発表に用いるべき英文テキストの選定をすることができた。 コールリッジはシェイクスピア批評において、シェイクスピアが "mind's eye"(「心の眼」)の働きを重視したことを評価するが、それはコールリッジによると、"mind's eye"が生み出す美的快感情が実践理性を活性化し、我々の道徳的行いを可能とし、信仰心を深めるからである。コールリッジのこのような、"mind's eye”の働きの評価には、彼の親友であり、パトロンでもあった、トーマス・ウェッジウッドの「視覚論」が影響している可能性を指摘することができた。 ウェッジウッドやシェリングが指摘する、視覚が触発する二重の「時」の体験が、美的教育には重要であるという観点から、コールリッジと空海の教育理念の比較検討を次年度の研究方針と決めるに至った。
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Strategy for Future Research Activity |
コールリッジの美的教育理念における特徴を理解するために、ジョン・ラスキンの主に、Modern Painters, The Stone of Venice, Unto this Lastに見られる美的判断力が生み出す道徳教育、引いてはより実践的な経済効果の指摘に関し、東京ラスキン文庫や、ケンブリッジ大学での資料収集と精読を行う。そのうえで、コールリッジや当時よく読まれていたエッジワースのPractical Educationとの比較を試みる。 一方で、空海が『金剛頂経』を重視し、体験型の求聞持法修業を薦めた教育理念の根拠を、主に『即身成仏義』、『秘密曼荼羅十住心論』や『性霊集「綜藝種智院式」』に探る。これは、カント、シェリング、コールリッジによる、「共通感覚」による内奥の「聖なるもの」の体験へのプロセスの説明と、密教における体験型の求聞持法修業のプロセスとの比較検討を行うためである。 空海真言密教を他の仏教と異ならせ、かつ「自分自身を他者の立場に移しかえて考える」共通感覚的視点が考察できる教えの土台には、密教独自の「三密」や「法界力」があるように思われる。「共通感覚」を用いることで可能となる、二重の「時」の美的体験の教育的効果をコールリッジも空海も認めている点に関し、一次資料を重視しながら研究を進めていく。
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Causes of Carryover |
2014年度は、研究室へのパソコン設置のための費用や、関連図書購入が予算より増えたものの、夏期に予定していた国際学会参加と資料収集のための渡英、ならびにカント・ドイツ観念論哲学の専門家を招いての研究会も講演者の都合で、行うことができなかった。そのために、未使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2015年度は、前年度に行えなかった、外部講師を招いての研究会を秋に実施予定であり、かつ夏期あるいは冬期に国際学会参加と資料収集のための渡英も計画している。これらに合わせ、海外での資料整理のために持参するipadあるいはノートパソコンの購入、関連図書の購入のために使用する。
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