2016 Fiscal Year Research-status Report
アイルランドにおけるジェイムズ・ジョイス受容と文学的伝統の変容
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26370335
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Research Institution | Hosei University |
Principal Investigator |
結城 英雄 法政大学, 文学部, 教授 (70210581)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ジェイムズ・ジョイス / アイルランド文学 / モダニズム / 民族主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度においては、アイルランドにおけるジェイムズ・ジョイス受容と文学的伝統の変容をめぐり、1982年から2007年にいたる期間を中心に考察した。これは1982年のジョイス生誕百年祭から、1993年のアイルランドのEU加盟、さらに南北の間の和平協定が締結された2007年までの期間で、政治的にも変革期にあたる。そしてジョイスを自国の文学者として定立した、アイルランドのジョイス受容の「開花期」に相当する。 そこで最初にこの間のアイルランドのジョイスに対する文学的な方位を検討した。ジョイス生誕百年祭の1982年、アイルランドはジョイスを自国の文学者として承認した。そののち1991年には、ジョイス死後50年が経過し、版権が切れた都合もあり、アイルランド人の学者の手により、注釈を付した安価なペンギン版で、ジョイスの作品集が刊行された。また1994年にはダブリン市内にジェイムズ・ジョイス・センターが開設され、ジョイスをアイルランド人作家として観光の目玉とした。そしてアイルランドは1993年にEUに加盟したこともあり、国際的な作家としてのジョイスと開かれた国家としてのアイルランドの相関関係が構築された。 その一方、アイルランドは南北問題を抱え、自国の作家としてのジョイス論も無視しえぬ問題となっていた。ジョイスはモダニストの作家であり、政治とは無縁であるとされてきたが、ポストコロニアリズムの到来もあり、ジョイスの文学には政治が組み込まれていると論じられたのである。ジョイスをめぐる国際性と民族性は、1993年に発行されたジョイスの10ポンド紙幣に見事に反映している。表はゲール語、裏は多言語で書かれた『フィネガンズ・ウェイク』からの引用である。ゲール語を母語としながら、英語を使用する矛盾した国家を具現するものである。「開花期」のジョイス受容はそうした矛盾する国家の文化闘争でもあった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究はアイルランドにおけるジェイムズ・ジョイス受容と文学的伝統の変容をめぐり、4期に分け、順次考察を進めており、当該年度はその3期目の1982年から2007年までを対象とすることができた。そしてジョイス受容に関わる主要な文献を精査し、その背景に潜むアイルランドの文学的伝統の変容を論じた。 具体的には、アメリカやヨーロッパ大陸の国々のジョイス研究の隆盛に対抗し、ジョイスを自国の作家として奪還しようとする、アイルランドの研究の起こりを跡付けることができた。それは1982年のジョイス生誕百年祭、1991年のアイルランド人の手になるジョイスの作品集の刊行、1994年のジェイムズ・ジョイス・センターの設立、さらにジョイスがアイルランド人作家であることの意味を論ずる、文化論の誕生の考察であった。こうしたアイルランドのジョイス受容は、アイルランドの政治力学とも連結している。対外的にはEUの一員として国際的な相貌をてらいながら、同時にアイルランド国内の自らの文化のアイデンティティの構築を試みていたのだ。当該年度においては、そうした事情をジョイスの国際性と民族性という双方向で検討した。 モダニストとしてのジョイスの国際的な側面はこれまでも様々に論じられており、アイルランドのEU加盟とうまく連動している。事実、アイルランド人作家としてのジョイスの定立は、ポストコロニアリズムの隆盛により、かなり自明な評価と思われるが、同時代のW. B. イェイツたちとの文学的な相違に加え、アイルランドの南北の対立とも大きく連結していた。 アイルランドはこうした文化闘争を内部に抱えながらも、2007年に南北の間に和平協定が結ばれることになった。そして経済的な繁栄もあり、ジョイス受容の方位が見失われることにもなった。当該年度はジョイス受容の開花と同時に、ジョイスへの関心の低迷への道筋を検証した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究はアイルランドにおけるジェイムズ・ジョイス受容と文学的伝統の変容をめぐり、4期に分け、順次検証するもので、これまでに3期を完了し、今後は2007年における南北の和平協定締結以降を検証するつもりである。 当該年度のアイルランドのジョイス受容は、1994年のダブリン・ジェイムズ・ジョイス・センターの設立に象徴されているように、開花期に相当し、ジョイスの作品がダブリンの街を包み込んだ時期である。その一方、アイルランドのジョイス研究は自国とジョイスを連結するため、理論武装に陥ることもあり、そのジョイス研究や文学的伝統の構想には誤解も少なくない。そのため、今やアイルランド側の研究に対して、その独自性が問われている。 そのようなアイルランド事情を背景にして、まず、2008年に刊行された、『ダブリン・ジェイムズ・ジョイス・ジャーナル』の記事を検討し、アイルランドの世界におけるジョイス研究の位置を確認するところから出発したい。次に、アイルランドのジョイス受容に対する世界の反応、ならびにその反応に対するアイルランドの回答なども検証する。2007年以降のアイルランドの状況はこれまでと変わりはないが、ことジョイス研究においては、世界へ向けてアイルランドの独自性をアピールする必要性がある。その一方で、アイルランドにおけるジョイス研究の独自性への固執は、アイルランドというローカル・カラーでジョイスを包み込むもので、文学研究の方位を見失う危険もある。 今や、経済的にも停滞し、かつてジョイスが批判した麻痺的なアイルランドが到来しているようにも思われる。それにもまして、現代のアイルランド文学がいまだジョイスの影の下にあることも否定できない。このような閉塞的な状況に対し、アメリカやヨーロッパ大陸の国々の研究動向とも連動させ、アイルランドにおけるジョイス受容を探りたい。
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Causes of Carryover |
証憑書類を整えるのに時間がかかり、清算が次年度になった。研究の進捗は計画通りである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
領収書が手元にあるのですみやかに清算したい。
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Research Products
(5 results)