2014 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツ詩学の物語論的再解釈-模倣説の「情動」を物語の変容から捉える試み-
Project/Area Number |
26370384
|
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
福田 覚 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 准教授 (40252407)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 独文学 / 18世紀 / 詩学 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度は、文献収集に着手して軌道に乗せるとともに、理論的考察の初期段階の作業を進めた。 文献収集は、夏季にベルリンの国立図書館で行い、電子化されていない一次資料を中心に複写した。さらに、利用者資格を継続することで、帰国後も随時、同館の電子化された資料を入手した。 理論的考察は、詩学の歴史を捉える「物語」を探るところから始めた。啓蒙主義時代の詩学は、「真実らしさ」や「奇異なもの」といった概念を軸に、情動面での同化や異化の作用を利用しつつ受容者を新たな世界に導くことを考えていたと思われることから、まずは作用美学的な概念を中心に詩学史の整理を行うこととし、崇高概念を中心的な対象として検討を開始した。 詩学史のなかで、ドイツにおける崇高概念の受容を整理するには、文献中に現れた様々なスタンスを踏まえると、少なくとも3つの記述的物語が必要になると考えられた。新旧論争で崇高論が古代派にとって旗印となったという物語、バロックの虚飾性を批判する際の拠り所になったという物語、そして、崇高を鋭敏さという悟性能力との関連で捉え返す物語である。 作用性という点では、文の明晰さを求める虚飾性批判は同化的な側面を、逆に詩人の鋭敏さへの着目は異化的な側面が物語の根底にあると推察された。新旧論争というのは、受容者の物語の変容に関わる作用美学とは異質な、変容した物語の到達地点やその変容の方向に関わる、そういう意味では次元の異なる記述的物語で、模倣説においても最後に問題となる、真理性の再発見なのか創造なのかという理論枠組みに関わると思われた。 現代では、美と崇高を対比的に捉える詩学史の物語も強固なものがある。前者が作用美学の同化的側面と、後者が異化的側面とより親和的であるとすれば、この対比の物語は、崇高概念を異化効果と結びつける詩学的立場を捉えるのに適していると推測された。その点は今後引き続き文献を通じて確認していく。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文献収集は順調と言える。ベルリン国立図書館の電子化された古典的な資料がドイツ国外からも利用可能となったことで、ベルリンではそれ以外の一次資料の掘り起こしが中心となっていて、効率的である。 理論的考察は、当初の想定とは違い、コンセプトワーク中心ではなく、文献資料に基づいた確認作業から帰納的に作業仮説を組み立てる形になっている。 そのため、物語論的な再解釈という中核的な研究実践も、詩学の基本概念を物語論的に捉え返すという部分よりも、詩学史を組み立てる物語を探り、その物語同士の関係を考えるという部分が先行している。 研究計画では、精神分析で用いられる「転移」「昇華」「投影」「抑圧」といった概念の物語論的再解釈を参考にして、それに類する形で、18世紀詩学の概念を捉え返すコンセプトワークを行うとしていた。この発想は研究を進める上でヒントになっているが、簡単な援用はできないという印象も同時にもっている。啓蒙主義時代の詩学書は、詩作の規則を書こうとしたり、詩人が備えておくべき悟性の能力を書こうとするため、それによって処理される情念については間接的な記述対象となりがちではあるが、崇高概念に関しては、明示的には示されないながらも暗黙のうちに想定されている情念の処理について、それがもっている「昇華」的側面を探ればよいのではないか、という見通しを得ている。 「模倣の詩学」の模倣概念は単なる模写ではなく一般には多段階的であるが、崇高概念についての考察を通じて、崇高の契機に、模倣の段階性を高めるものを見ている場合と、模倣の最終段階の本質のようなものを投影して見ている場合があるように感じられてきている。そうした考察によって、崇高概念についての議論を模倣説についての議論につなげていく上での足がかりが得られた。 今年度の研究成果を現在論文の形にまとめているところである。
|
Strategy for Future Research Activity |
崇高概念を例に、詩学史を組み立てる際に用いられる、理解のための物語を解明したので、それを、崇高概念そのものが受容者の物語の更新にどのように関わるかを考察する部分にも、そして逆に、人文主義諸学の相関と関わる面で捉えた詩学史記述といった部分にも接続していくことが望まれる。 崇高概念そのものが受容者の物語の更新にどのように関わるかという考察は、模倣説の物語論的再解釈という議論に到ると思われるので、その目算のもとに考察を進める。情念論との関係もこうした議論のなかで考えるようにすればよいのではないか。 また、崇高論の受容に関して確認された、新旧論争で崇高論が古代派にとって旗印となったという物語、バロックの虚飾性を批判する際の拠り所になったといういう物語、そして、崇高を鋭敏さという悟性能力との関連で捉え返す物語について、これらの物語群は、「近代美学の誕生」「人間学の誕生」などといった人文主義諸学の地殻変動に関わる、従来の詩学史が描いたさらに上位の物語へとうまく接続されるものなのか、検討する。 詩学の情動面の物語論的再解釈という観点は、具体的な悲劇作品に則して考察を深めていくことも可能ではないかと考えている。
|
Causes of Carryover |
電子化資料による文献収集が比較的順調に進んだこと、初年度で予算の執行可能な期間も短めであったことから、文献収集のための費用を一部次年度に繰り越し、次年度に合わせて使用することとした。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度も研究の進展状況を見ながら、執行を考えていきたい。次年度に繰り越した費用は、基本的には、図書購入に当てる予定であるが、場合によっては、来年度か再来年度に渡航の機会を1回増やしてベルリンでの資料の掘り起こしをいっそう進めるようにすることも検討したい。
|