2016 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツ詩学の物語論的再解釈-模倣説の「情動」を物語の変容から捉える試み-
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26370384
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
福田 覚 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 准教授 (40252407)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 独文学 / 18世紀 / 詩学 |
Outline of Annual Research Achievements |
3年目に当たる2016年度も、文献収集を継続しつつ、理論的考察の次段階への展開を試みた。 複写による文献収集は、夏季にベルリンの国立図書館で行い、啓蒙主義時代における古典文学の翻訳の問題をめぐって、デジタル化されていない一次文献、二次文献を中心に複写した。利用者資格を継続し、日本国内からも随時、利用者向けに限定された電子化資料を入手することができた。 理論的考察は、古典文学の翻訳というテーマを素材として、詩学史の物語性を自覚的に捉えることと、啓蒙主義時代の詩学の理論装置を物語論的に再解釈することの二方面で行った。 前者については、ある詩学の主題が論じられるのに複数の物語が見て取れるといったかたちの考察ではなく、古典の翻訳をめぐる一つの出来事を追いかけた時に見えてくる物語群を探るというかたちを取った。そこでは、ラテン語訳とフランス語訳で事足りた時代からドイツ語訳が必要な時代への移行、新旧論争の構図に関わる古典古代の作品の位置づけ、押韻に縛られることへの意識の幅などが、一つの出来事の背後に、意識のなかの物語として、重層的に存在していることが見て取れた。 後者については、ソフォクレスの悲劇の解釈をめぐって、物語の関係論という視点でゴットシェートの詩学の考え方を捉え直した。悲劇的な筋立てを生み出している、劇のなかでの複数の物語のせめぎ合いではなく、主人公の物語と受容者の物語の重ね合わせにフォーカスする点にゴットシェートの解釈の特徴があると理解された。当時の同化と異化を基軸とする作用詩学は、このような形で物語論的に再解釈されることが分かり、情動論との関連では、その同化と異化の心理的作用に情動の生起が伴うことが認識された。 2016年度の研究成果は、現在論文の形にまとめているところである。『ドイツ啓蒙主義研究』という媒体を再開する準備を進めていて、そこに掲載することを考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文献収集は引き続き順調と言える。ベルリン国立図書館の電子化された古典的な資料は利用者資格があればドイツ国外からも利用可能で、ベルリンではそれ以外の一次文献、二次文献の複写が中心となっていて効率的である。 理論的考察は、豊富な文献資料を利用した事実確認作業から帰納的に作業仮説を組み立てて、そこからコンセプトワークを展開するかたちになっている。今年度も「古代の作品の受容」というテーマに目を向けたが、そこから、詩学史記述の物語性を捉えることと、啓蒙主義時代の詩学の理論装置を物語論的に再解釈することの二方面の考察を行うことができた。 前者は、ある歴史的な事実から、当時の意識や、そこにある重層的な物語をたどるかたちの考察を試み、詩学史記述において従来、議論が還元されていたような、演劇の改革、地域間の論争、美学の自律といった水準の言説から、詩学史記述を構成するであろうより小さなサイズの物語を浮かび上がらせることができた。 後者は、悲劇における物語の関係論という問題設定から、具体的な作品の解釈を取り上げて考察し、当該解釈の力点が、劇中での物語のせめぎ合いではなく、主人公の物語と受容者の物語の間の関係にあり、その構図のなかで、両者が接近する同化や、受容者の物語の変容を促す異化という作用が説明されるかたちになっているという知見を得た。この作品解釈から得た結論を、さらに、詩学の理論面の言説に結びつけて考えていく必要があると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
2014年度は崇高論、2015年度は翻訳論を具体的な議論の場として、詩学史を理解するための物語を考察した。2016年度も古典の翻訳の問題を議論の素材としたが、詩学史記述の物語性を捉えることと、啓蒙主義時代の詩学の理論装置を物語論的に再解釈することの二方面の考察を行った。 後者は、具体的な作品の解釈を取り上げての考察であったので、そこで確認された理論的な構図について、当時の詩学書の理論的記述ではどのように書かれているかを探って照合するのが次の作業になると考えている。情念論の問題圏への接続は、後者については、同化と異化の作用詩学を生み出す物語の関係論的構図から説明できる感触を得たので、最終年度にその部分の考察を深めたい。 それと比較すると、前者の詩学史記述の物語性という地平において、情念論の系譜が詩学者の意識の中にある物語の選択や更新にどのように関わっているかという問いに関しては、そこまで明確な道筋が見えていない。詩学を根底で支えているように見える自然模倣説的な物語や、情念論に接続するように見える作用詩学に親和的な物語というのが当時の詩学的議論にはいくらかあって、それが使い分けられているということなのか、その点を見極めていければと考えている。 情動論についての言説自体を物語論的に再解釈することも視野に入れているので、その点についても今後の考察の手がかりを掴みたい。そのためには、理論的な方面の文献を取り上げる比重を高めた方がよいのかも知れない、というのが現在の感触である。
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Causes of Carryover |
購入を予定していた高額の書簡集をベルリンでスキャンのかたちで入手できたことを含め、資料の収集が順調に進んだことによって、使用額を一部、次年度に持ち越すこととなった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
ベルリンの国立図書館等を利用した場合、資料収集の効率が格段と高まるので、研究専念期間の制度利用に合わせて、渡航しての収集回数を一回増やす計画でいる。
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Research Products
(1 results)