2016 Fiscal Year Research-status Report
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26370433
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
森田 典正 早稲田大学, 国際学術院, 教授 (50200423)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 村上春樹 / 世界文学 / グローバリゼーション / 翻訳論 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度においては、村上春樹の小説の「W文学」性について、各種の世界文学理論を手がかりに、日本のみならず、世界各国から発信される「W文学」との比較を行った。それらにはホセイーニ(アフガニスタン)、マーテル(カナダ)、ラーソン(スウェーデン)、ジュースキント(ドイツ)、フェランテ(イタリア)、パムク(トルコ)、ゴシュ(インド)、戴(中国)、ザフロン(スペイン)、サラマゴ(ポルトガル)、フラナガン(豪州)などが含まれるが、「W文学」には地方性を強く感じさせるものと、地方性を失い、グローバル化された普遍性を強く感じさせるものに二分されていることが分かてきた。村上春樹の作品は後者に属するものである。こうした研究をもとに、村上作品のアメリカでの代表的翻訳家であり、日本の近現代文学の研究者でもあるジェイ・ルービン氏に二回目のインタビューを行い、主として、村上春樹の世界の「翻訳可能性」について話をうかがうとともに、同じくイタリア語への翻訳家であり、ナポリ東洋大学で教鞭をとるジョルジョ・アミトラーノ教授と、村上春樹の作品と他の日本近現代文学との相違をめぐって、何度かの懇談を行った。また、台湾の淡江大学の創立66年式典に出席した際、村上春樹研究中心を訪問し、研究センターの主任で、日本の近現代文学の研究者でもある曽秋桂教授と面談し、村上春樹の中国語訳について話をうかがうことができた。こうした実績をもとに、平成28年10月にヴェネツィア・カ・フォスカリ大学で日伊修好150年の記念事業の一つとして行われた、日伊文化交流にかんする「ロスト・イン・トランスレーション」という学会で研究発表を行うとともに、日伊比較文学のパネルの司会をつとめた。研究発表は村上の作品のトランスレータビリティにかんするもので、これは新たな内容を追加して、雑誌論文として発表する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は当初の予定では平成28年度末までにはすべての研究を終え、成果を発表する予定であった。平成26年度、27年度の研究の進捗状況の報告でも述べたが、初年度の11月に大学の国際担当理事に任命されたため、教育に加え、大学の行政や海外への校務出張にかなりのエフォートを費やすことになり、研究にさける時間を十分とることができなくなった。その結果、本研究の完遂までに1年間の猶予をいただくことになった。と、いうものの、平成28年度は上記研究実績の概要で述べたとおり、文献研究においても、また、オーラル・リサーチにおいても、研究をかなり前進させることができたと考える。とりわけ、現代の「W文学」のグローバル性と地方性、翻訳可能性(translatability)と翻訳不可能性(untranslatability)については、村上春樹の作品自体においても、また、他の「W文学」との比較においても、かなりの地点まで解明できたのではないかと考えている。「W文学」を巡っては、近年、ニューヨーク大学で比較文学を研究するエミリー・アプター教授が_Against World Literature_や_Translation Zone_などで指摘する文学の翻訳不可能性を主張する一派と、ラトガー大学のレベッカ・L・ワルコヴィッツ教授が_Born Translated_で述べるような、翻訳される前に翻訳として書かれた文学があることを主張する一派の論争が盛んである。おそらく、現代の「W文学」はこの両論を結ぶ軸の様々な地点に位置すると考えられる。こうした考察を元に村上春樹の作品が翻訳可能性と不可能性において、また、普遍性と特異性において、どのような特性を持つかを明確にできたのではないかと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
延長をいただいた本研究の最終年は、研究課題の核心である、村上春樹の作品の受容研究を中心に行う。世界各地での受容のされ方を比較するだけでなく、さまざまな読者層の間での受容のされ方を比較する。もちろん、村上の作品の翻訳が出版されているすべての地域を比較することはできないが、彼の作品が多くの読者に読まれている主要な国、言語を中心に、翻訳者、出版者、研究者、批評家、一般読者がどのように読んでいるかの調査を完結させたいと考える。「W文学」は古典的作品の集積であるキャノンではなく、翻訳から出版、そして、受容までのシステムであるという基本的認識に則って、翻訳可能性の議論から受容まで、目配せを忘れない、「W文学」としての村上春樹の作品の考察を完成させたいと考えている。具体的にはこれまで手をつけてこなかった、韓国、フランス、東欧といった地域について、研究者や院生・学生の協力を得ながら、集中的な受容研究を行うつもりである。これは一種の共同研究であって、そのための共同作業をさらに加速させたいと考えている。また、本研究者の興味は「W文学」全体にあり、本研究は村上春樹の作品にかかわるケース・スタディーである。そうしたこともあって、今後は他の作家、作品にも本研究であげることができた実績を遡及させたいという希望をもっている。そのためにも、研究対象を村上春樹の作品に絞りながらも、日本や他国の作家・作品との比較も忘れないつもりである。
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Causes of Carryover |
主として、本研究者がまとまった期間、海外での研究・調査・面談を行うことができなかったため、前年度、旅費が予定どおり使われなかったことと、受容研究のために予定していた人件費・謝金を、受容研究に本格的に手がつけられなかった、使用できなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
主として、海外での研究・調査・面談のための旅費、および、受容研究のためにお願いする時の謝金に使用する予定である。
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