2015 Fiscal Year Research-status Report
過去の語りに現れるダイクシスに関する日仏英対照研究
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26370435
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
阿部 宏 東北大学, 文学研究科, 教授 (10212549)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ダイクシス / 主観性 / 主体 / 直示動詞 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は,語り中に潜在する疑似主体の仮説により,時間ダイクシス,空間ダイクシス,「いく」,「くる」のような直示動詞,モダリティ副詞,自由(直接・間接)話法,歴史的現在形に統一的説明を与えようとする試みである.また対照研究により,フランス語・英語・日本語における疑似主体のあり方の違いを明らかにする. 過去の語りに現れる時間ダイクシスが,作家の誤用といったことではなく,一貫した原理にもとづいて出現することをはじめて主張したのは Vuillaume (1990) である.彼によれば,過去の語りにおいては,作家の執筆時の時間と語り手が出来事を語る時間という二つの異質な時間性が重なり合っており,前者の観点からは過去時制が用いられるが,後者の観点からは時間ダイクシスが用いられることになる. 本研究において,平成27年度は, 前年度の成果を踏まえて,過去の語り中の時間ダイクシス,空間ダイクシス,直示動詞,モダリティ副詞,自由間接話法と歴史的現在形などについて,フランス語・英語・日本語の具体例を収集し,これらを疑似主体現象という観点から検討し,この疑似主体と作中人物との距離の大小,および語りの枠組みにおけるフランス語と日本語との違い,などを中心に考察を行った.また,特に自由間接話法について,言語学的文献のみならず,修辞学,西洋古典文献学,国内外の文学研究などの成果を収集し,研究の参考資料とした. さらに,過去の語り中のダイクシスの用法と本来的な口語表現におけるダイクシスの振る舞いとをを比較するために,口語の自然な発話例を,文脈・状況を含めて収集し,口語表現における時間ダイクシスと空間ダイクシスについて得られた成果について,過去の語りにおける時間ダイクシスと空間ダイクシスへの適用可能性を検討し,暫定的な仮説を構想した.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
発話者を基準点とする言語表現である,時間ダイクシス(ex.「いま」),空間ダイクシス(ex.「ここ」),直示動詞(ex.「いく」,「くる」),モダリティ副詞(ex.「たぶん」)は,会話に特徴的で,過去の語りとは親和性がないはずである.しかし収集したフランス語・英語・日本語のデータの分析により,これらは小説の地の文に頻度も高く観察されることが明らかになった.これらが作家の「いま」,「ここ」を指向するものでないことは明らかであり,語り中に潜在する疑似主体という新たな概念が必要となろう.この概念を導入することにより,ダイクシス,「いく」,「くる」のような直示動詞,モダリティ副詞,自由(直接・間接)話法,歴史的現在形に統一的に説明しうる仮説の構築に成功した. 過去の語りには疑似主体が潜在し,これが時間ダイクシスのみならず,空間ダイクシス,直示動詞にも基準点を提供し,モダリティ副詞を担う判断主体,自由(直接・間接)話法や歴史的現在形の責任主体として働くのではないか.また,フランス語・英語・日本語で一見全く同種に思われるこの現象であるが,頻度においてもその出現様態においても,3言語は興味深い相違を示す.これは,各言語における疑似主体のありかたには違いがあることを反映するものであり,さらには,3言語の外界認知形式の根本的相違に対応するものである.
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Strategy for Future Research Activity |
過去2年間の成果を踏まえて,過去の語り中の時間ダイクシス,空間ダイクシス,直示動詞,モダリティ副詞,自由(直接・間接)話法と歴史的現在形の全体について,疑似主体現象という統一的観点から,暫定的な仮説をより発展させ,理論と実証の両面から検証する.同時に,この仮説の点から,内外の特に意味論と語用論関連の文献を批判的に検討し,本研究の分析の有効性と特色・独自性を明確化する. またこれらの分析結果をもとにして,フランス語・英語・日本語における疑似主体のあり方の相違を抽出し,その差異を生み出す各言語の認知基盤について考察する. 以上の考察を通して,過去の語りにおける時間性,空間性,疑似主体のありかたに関する一般理論の構築を目指す.また,従来のフランス語学,英語学,日本語学などにおける,意味論,語用論,多義性概念,主観性概念の枠組みを再検討する. 研究成果については,日本フランス語学会,日本認知言語学会などの国内の諸学会,および国際ロマンス語言語学文献学会,ヨーロッパ日本学研究協会などの国際学会で発表を行う. 意味論,語用論,認知科学,その他の隣接分野の研究者を招いたシンポジウムを複数回開催し,最終段階で得られた仮説について検討する. 報告書を刊行し,概要とデータをホームページで公開する.さらに,フランス語・英語・日本語を用いた専門研究書籍,および日本語での一般向け概説書の刊行に向けて準備を行う.
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Causes of Carryover |
過去の語りにおけるダイクシスの機能を扱うにあたって,CD-ROM・DVD-ROM タイプのフランス語,英語,日本語のテキスト・データベース,光学的読み取り装置,コンピュータ,大容量ハードディスク,会話録音用のデジタルレコーダ,インターネットの検索エンジンなどを利用して,文字データの収集を行った.また,過去の語り中のダイクシスの用法と本来的な口語表現におけるダイクシスの振る舞いとを比較するために,口語の自然な発話例を,文脈・状況を含めて収集する必要性から,フランス語,英語,日本語のネィティヴ・スピーカーへの聞き取り調査を行った. 今後は,これらを整理し,ホームページを開設し,データ,分析結果,学会・研究会発表ハンドアウトなどの関連資料を全てこのホームページ上に掲載予定であるが,この作業が若干遅れをきたしており,その予算が次年度使用額として残ることとなった.
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
CD-ROM・DVD-ROMタイプの日本語,フランス語,英語のテキスト・データベース,光学的読み取り装置,コンピュータ,大容量ハードディスク,会話の録音用のデジタルレコーダ,インターネットの検索エンジンなどを利用して,文字データの収集を行い,過去の語り中のダイクシスの用法と本来的な口語表現におけるダイクシスの振る舞いとをを比較するために,口語の自然な発話例についても,文脈・状況を含めて収集を続けることが必要であるが,それらに加えて,フランス語,英語,日本語のすでにかなり蓄積された過去の語り,および口語の発話例のデータについて,院生等に整理作業を依頼する.また,ホームページ業者にホームページの作成を依頼し,データ,分析結果,学会・研究会発表ハンドアウトなどの関連資料を全てこのホームページ上に掲載する予定である.
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Research Products
(3 results)