2016 Fiscal Year Research-status Report
音声知覚における摩擦性極周波数特性の影響に関する総合的研究
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26370467
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Research Institution | Osaka Health Science University |
Principal Investigator |
松井 理直 大阪保健医療大学, 大阪保健医療大学 保健医療学部, 教授 (00273714)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 摩擦音 / 摩擦母音 / エレクトリックパラトグラフィ / グロトグラフィ / C/D モデル / 母音無声化 / VOT |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、無声摩擦子音と後続母音との関係について生理学的指標を用いた実証的な研究、および C/D モデルに基づく理論的な研究の両方を行った。まず、サ行摩擦音に後続する /u/ 音、およびシャ行摩擦音に後続する /i/ 音について、舌の調音移動が観察されないことを確認すると共に、同様の現象がザ行摩擦音に後続する /u/ 音、およびジャ行摩擦音に後続する /i/ 音についても起こることをエレクトリック・パラトグラフィによって実証した。特に重要な点は、サ行摩擦音に後続する /u/ 音、およびシャ行摩擦音に後続する /i/ 音について、母音部に相当する箇所のみに声帯振動が起こりうることで、このことは日本語の狭母音の変異として摩擦母音が存在することを示す確実な証拠である。また、このことは日本語の母音無声化についても、それが母音の脱落ではなく、摩擦母音への変異であることを強く示唆する。この点について、促音における基底状態変異の実証研究とも比較しながら、調音動態の検出を行い、母音無声化においても音節性が保持されることを確認した。 こうした生理学的根拠を元に、本年度は C/D モデルに基づいて、日本語調音における喉頭制御のモデル化も行った。まず入力情報として部分的な弁別素性を内在する音韻要素を 6 種類導入し、その中で摩擦要素の持つ喉頭制御の特性から、日本語の有声阻害音・無声阻害音の Voice Onset Time の分布、および母音無声化のモデル化を行った。このモデル化を通して、日本語では受動的な喉頭制御と積極的な喉頭制御の違いがある可能性が示唆されたため、この点を検証するためグロトグラフィを用いた喉頭制御の研究も新たに着手した。特に鹿児島方言における喉頭制御において、仮説を強く支持するデータが得られ、C/D モデルに基づくシミュレーションの有効性を確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究計画段階では、日本語の母音無声化が摩擦母音への変異であるという仮説を立てており、生理学的な指標によりその仮説を立証することができた。それ以上に、母音無声化に限らず、通常の母音の調音においても有声の摩擦母音への変異が起こるというデータを見出したことは、当初の仮説を超える発見であった。この新たに見出されたデータは、分節音の調音において観察される調音結合が単に子音と母音の連結によって生じるのではなく、音節あるいはモーラという韻律構造に基づいて起こることを示唆しており、分節音の調音動態モデルを考える上でも極めて重要なものである。 音節単位で調音動態を扱える理論としては、藤村靖氏によって提案された C/D モデルが最も良い枠組みである。このモデルは、母音が調音動態の基底状態を作り、子音がその上に局所的な情報を生成すると考える。このモデルの予測に従って、無声化母音や促音の基底状態について生理実験を行い、これらの点についても研究計画段階では予想していなかった新たな知見を得ることができた。 これらの実証研究を通じて得られたデータは、日本語分節音の極めて基本的な特性にも新たな知見を与えるものである。(1) 日本語狭母音の摩擦母音への変異は、両唇や歯茎においても生じうる。(2) この結果は、日本語の母音が [back] 素性ではなく、[front] 素性 (あるいは [palatal] 素性) を持っていることの証拠である。(3) 摩擦母音への変異は無声音に限らず、有声音でも可能である。(4) 日本語の [p], [t], [k], [b], [d], [g] は、厳密に言うなら破裂音ではなく、閉鎖音である。(5) 閉鎖の開放後に生じる摩擦成分は、日本語においては母音情報を強く反映したものであり、破裂の開放そのものが子音自体の性質ではなく、後続母音によって引き起こされるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度までの研究で、以下のことが明らかになった。(1) 日本語の狭母音は摩擦母音への変異を持つ。(2) その変異は阻害子音が関わる環境下で生じる。(3) 摩擦母音への変異は有声でも無声でも起こりうるもので、このうち無声摩擦母音が母音無声化と関係する。(4) /u/ 音の摩擦母音への変異が [s], [z] 音であることから、 日本語の母音が [back] 素性ではなく、[front] 素性 (あるいは [palatal] 素性) を持っていることが分かる。(5) 摩擦母音への変異は無声音に限らず、有声音でも可能である。(4) 日本語の [p], [t], [k], [b], [d], [g] は、厳密に言うなら破裂音ではなく、閉鎖音である。(6) 閉鎖の開放後に生じる摩擦成分は、日本語においては母音情報を強く反映したものであり、破裂の開放そのものが子音自体の性質ではなく、後続母音によって引き起こされるものである。 本年度は研究の最終年度ということもあり、これらの研究を総合的にまとめ、日本語の摩擦音が持つ特性を明らかにすることを目指す。まず、有声促音や声門閉鎖音への変異を持つ鹿児島方言などを対象に調査を行い、喉頭制御と口腔内摩擦音源との関係について検証を行う。また、鹿児島方言のアクセントが音節に基づくという性質を利用し、摩擦母音が音節性を形成するか、また音節の中心を担えるかといった点を調査する。これらの知見を踏まえ、東京方言・関西方言・鹿児島方言における喉頭制御と摩擦音の性質について、C/D モデルに基づく理論化を行い、日本語摩擦音の持つ特性を総合的に明らかにする。最後に、C/D モデルが東北方言など調査に用いなかった方言に対してどのような予測を行うかを検討し、方言調査で得られているデータと比較することで、モデルの有効性を検証する。
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Causes of Carryover |
本年度購入予定であった調音動態シミュレーション用のコンピュータが予定通り発売されず、2017 年度発売に変更になったため、予算額との齟齬が生じた。また、本年度購入した生理学実験用の機器についても、海外から輸入するものであり、円・ポンドのレートが当初の予定から変動したため、当初の予算より安く購入できた
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
著運動体シミュレーション用のコンピュータについては、本年度に発売され次第購入し、当初の計画通り研究を進める所存である。
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Research Products
(12 results)