2017 Fiscal Year Research-status Report
言語リソースの評価からみた移動する人々の言語レパートリー変容に関する民族誌的研究
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26370474
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
村岡 英裕 千葉大学, 国際教養学部, 教授 (30271034)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 移民 / 自己評価 / 言語バイオグラフィー / 言語レパートリー / 接触場面 / 言語管理 / アイデンティティ |
Outline of Annual Research Achievements |
4年目にあたる平成29年度は、引き続き、共時的調査と通時的調査について、データ収集を追加し、5名の調査協力者を得ることができた。データ収集の結果、日本調査では長期滞在者10名、短期滞在者10名、オーストラリア調査では日本人協力者8名(長期6名、短期2名)、韓国人協力者8名(連携研究者の高氏による調査で長期のみ)、合計28名のデータを収集することが出来た。ただし、通時的調査については2名しか実施できなかったため、データとしては共時的なデータが主となる結果となった。 学会発表では「「移動する人々の言語問題の射程-言語能力の自己評価の語りに見る歴史性,他者性,社会的位置づけをめぐって-」社会言語科学会大会招待発表(2017.9.17 関西大学)を行い、自己評価からみる移動する人々の言語レパートリーの変容について、その人の移動先での接触とその管理を「歴史性」として、管理の影響要因としての他者からの評価を「他者性」として、また個人の言語レパートリーの変容を方向付ける要因として社会的ネットワークにおける自己の社会的位置づけを考察した。さらに、これらの検討を通じて、社会的位置づけの一側面として、言語的アイデンティティの選択について、オーストラリア在住日本人の事例を取り上げて検討し、報告書の事例研究とした。言語的アイデンティティとは、言語の複数のバラエティーをどのように評価し、どのようなバラエティを選択して現在に至っているかを意味している。 また、2018年1月には韓国済州島でのフィールド調査を実施し、移民の人々への接触を行いながら多文化社会の実相を観察するとともに、教育特区に設立されている英語圏から誘致されている高校を訪問し、グローバル世界に影響をうけた英語教育政策についても知見を得ることが出来た。 以上のような調査研究により、来年度の理論化に向けて基礎固めができたと評価出来る。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、日本調査のデータ収集をさらにすすめると同時に、データの分析により、来年度に行う予定の理論化への基礎固めを行うことを目的としていた。収集したデータはすべて文字化されており、部分的に言語バイオグラフィーの語りから言語レパートリーの変容に関連する要素の大きなカテゴリーは何かを検討するとともに、そうした要素間の関係をさぐっており、理論化につなげるところまで進みつつあると言える。 例えば、語りの中に現れるホスト社会の主流言語の言語使用や言語能力についての自己評価には、以下の3つの基準が働いていることが示唆された。(i)言語習得や言語使用の投資がその結果に合っているか,または報われているか。(ii)特定のインターアクションで期待された規範(Neustupny 1994)に逸脱していないか。(iii)特定のインターアクションで期待した目的が達成されているか。この3つの基準はホスト社会への移動の短期滞在のころには(ii)の基準が顕在化するが、滞在が長期化するにしたがって(i)や(iii)がよく使われるようになることも示唆された。 こうした基準に基づく自己評価の語りをさらに吟味するとき、移動後のさまざまな接触場面での管理が蓄積され、ストラテジーや原則が形成されていくこと、またそうしたストラテジーや原則の形成には社会的ネットワークでの参加で位置づけられることとなった自己のありかた、主流言語に対する言語的アイデンティティの持ち方によって、言語レパートリーの変容の方向性も予測できるのではないかと考えている。ただし、今年度も代表責任者の体調が思わしくなく、データ収集は最少限に止まったことは反省点である。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度にあたる平成30年度については、通時的調査を一部追加して実施するが、基本的には収集してきた28名の言語バイオグラフィーの自己評価の語りをもとに、彼らの言語レパートリーの変容とその方向性を明らかにするために、いくつかの概念の構築により理論化を試みる。 いくつかの概念とは、すでに述べたように、ストラテジーや原則の構築にかかわる言語管理の軌道、評価基準にみられる投資、目的、場面性、さらに他者評価、言語的アイデンティティと自身についての社会的位置づけ、などの概念を精緻化していくとともに、概念間の関係を考察する。 さらに日本調査とオーストラリア調査のデータ分析を比較することにより、多文化主義政策と移民受入れに対する社会の態度が与える影響についても、上記の諸概念と関連させながら、示唆を試みる。同時に、これまでの国内国外の先行研究との異同についても明らかにしていくつもりである。 以上のように5年目は理論化、仮説構築をすすめ、学会発表と公開シンポジウムの開催によって、移動する人々の言語問題や言語使用について議論を拡げていく。また、書籍化についても検討したいと考えている。
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Causes of Carryover |
次年度使用額(B-A)に差額が生じた状況としては、2点あげられる。1つは、代表者の健康状況が悪く、オーストラリア調査のフォローアップをすることを断念したために旅費が消化できなかったこと、2つ目は、インタビューの録音データの文字化資料を外部に発注していたつもりだったが、手違いで、資料作成が行われていないことがわかり、次年度の発注に切り替えざるを得なかったことがあげられる。 翌年度分として請求した50万円と差額分は次のように使用する計画である。今年度は最終年度であり、収集したデータを概観しながら理論化、仮説構築が中心となるとともに、研究成果の公表にも予算を使用する予定である。 まず、物品費としては、文字化資料作成の外部発注と、コンピュータ(携帯用)の劣化にともなう補充に使用する(350,000円)。旅費としては、シンポジウム開催に伴う海外研究協力者の招聘と国内学会出張のために使用する(250,000円)。人件費、謝金については資料整理に使用する(100,000円)。その他として事務用品・郵送費等に使用する(50,000円)。
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Research Products
(4 results)