2015 Fiscal Year Research-status Report
新潟県北部言語接触地域における方言音声の動態―10年前の全区画調査との比較―
Project/Area Number |
26370525
|
Research Institution | Akita University |
Principal Investigator |
大橋 純一 秋田大学, 教育文化学部, 教授 (20337273)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | 新潟県北部 / 言語接触地域 / 方言音声の動態 / 実相と分布 / 経年比較 |
Outline of Annual Research Achievements |
新潟県北部は、以北の東北方言、以南の越後方言に接し、音声事象の諸側面において過渡的な様相を呈する。たとえばイ段・ウ段音がその中間相に現れる現象、語中ガ行音が入り渡り鼻音に現れる現象などがそれである。中でも入り渡り鼻音は、東北方言的な鼻濁音地域と越後方言的な破裂音地域が接する境界域に現れ、いわゆる言語接触地域を象徴する現象として注目される。本研究はそれらの動態を、地域差と世代差の現状を捉える調査を通して、また約10年前に行った全区画調査との比較を通して明らかにするものである。 本年度は昨年度の調査実績を踏まえ、事象面では調査に急を要する語中ガ行入り渡り鼻音を中心に、方法論的には拠点となる地点を密に見る調査と周辺地点を関連的に見る調査とを並行して行った(前者では新発田市<旧加治川村>、村上市<旧朝日村>、後者では聖籠町、旧高根村・神林村・紫雲寺町・水原町・豊栄市を調査した)。さらに音響分析やデータベース化も進め、その成果を「方言音声の追跡調査―新潟県北部のガ行入り渡り鼻音について―」(「言語地理学フォーラム」2015.6.7、国立国語研究所)として報告した。 調査は上記のとおり、地点内を各世代複数名にわたって密に見るものと、周辺地点を関連的に見るものとに分かれるが、いずれも注目する入り渡り鼻音の存在は確かであり、その実態は思いのほか持続的であるということがいえる。しかし一方、地点や世代によってはすでに発音実態のない知識レベルでの痕跡にとどまるものもあり、その今後は必ずしも明るい見通しであるとはいえない。また調査の限りではあるが、鼻濁音地域に本来の鼻濁音が聞かれることはなく、その衰退は入り渡り鼻音以上に顕著のように見える。よってこれまでの調査に即するならば、当域では鼻濁音がいち早く消え、破裂音が大勢を占める中、高年層を中心に入り渡り鼻音が確実に残存する全体像が把握される。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の着眼点であり、独自性のひとつともいえるのは、調査の対象をいわゆる言語接触地域に求めている点である。またその言語動態を、約10年前に行った全区画調査との比較を通して明らかにしようとする点である。一口に接触地域、言語動態とはいえ、それは今後も持続的に追跡が見込まれる対象ではなく、入り渡り鼻音等、むしろ境界地域にあって消失を目前にした末期的現象のことを指していう。よって本研究の見通しを立てる上では、まずは短期間での、多地点・多人数にわたる実地調査が前提となる。 そのために、昨年度は対象地域を大きく北部・中部・南部に3区分し、それぞれの現状を把握するための、代表地点に絞った重点的な調査を実施した。本年度はそうした重点的調査をさらに進展させるとともに、その周辺域にも対象を広げて調査し、代表地点との相関や、周辺域どうしの関係性についても一定の傾向を把握するに至った。たとえば変化の方向性は一致するものの、必ずしも隣接地点どうしが類似の実態にあるとは限らないこと、北東部で鼻濁音地域と接するが、それの当該地域への影響はほとんどみとめられないことなどがその一例である。つまり前提となる実地調査の進展があったという点で、またそれを踏まえて相応の傾向が把握されたという点で、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。 一方、今年度は以上のような実地調査と並行して、音響分析による実相の見きわめとデータベース化も可能な限り進めた。また上記の概要でも触れたように、実相変化(それの世代差・地域差)など、動態面に関する考察も行い、その成果の一部を口頭発表により公にした。つまり調査の進展に基づき、得られた成果を中間報告の形で公にできたという点においても、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
|
Strategy for Future Research Activity |
昨年度(27年度)は代表地点を密に見る調査のほか、周辺地点との関係性を見るための調査も並行して行った。上記でも少し触れたように、結果からすると、各地点でほぼ共通する変化は確認できるものの、必ずしも隣接地点どうしで類似する事態がみとめられるわけではなく、相互に影響関係を示すような事態が目立ってみとめられるわけでもないという現実がある。また同時に、(これはガ行入り渡り鼻音の場合であるが)、典型的な残存地域が飛び火的に分布したり、地点内でも異なる実態が併存したりと、全般に個人差の大きいことも見てとれる。さらに中年層段階には知識レベルでの痕跡が顕著である面も見られ、それが代表地点あるいは隣接地点どうしでどのような実態にあるのかも新たな関心事である。よってそれらのことを念頭に置いた、より詳細でポイントを絞った補充調査が今後の第一の課題となる。 一方、本研究に着手して以来、調査自体は音声事象を体系的に揃え、データの収集も幅広く行ってきているが、これまでは衰退の著しいガ行入り渡り鼻音に重点を置きつつ、分析や考察を他に先行して行ってきたいきさつがある。今後は他事象についても動態の概略を捉えるアプローチを加速し、それの分析・考察を並行して行っていきたい。 なお、今年度(28年度)は本研究の最終年度であることから、個別の課題に向き合うことのほかに、研究全体に関わる課題――つまりは言語接触地域における音声の動態を先行の全区画調査との比較から明らかにすること――に対し、ひとつの到達点を示すことが求められる。もちろんその成果は研究期間を超えて、それ以降の継続的な調査によって一層明確にできる面が大きいであろうが、今後の展開を見通す意味でも、一定の結論を得るべく努めたいと思う。
|
Causes of Carryover |
年度末にかけて、支出額が交付額を上回らないよう、意図的に調整したことによる。また3月に予定していた実地調査が先方との折り合いがつかず、次年度に持ち越しとなったことにもよる。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年度は資料の整理と分析が中心課題となるが、各地点で年齢層や話者数に偏りがあるなど、現段階で既にいくつかの補充調査が必要である。前年度からの持ち越しとなっている実地調査を含め、当該助成金はそれらの調査旅費に充てることを予定している。
|