2015 Fiscal Year Research-status Report
東アジア古代・中世における境界意識と仏教信仰の研究
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26370755
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Research Institution | National Museum of Japanese History |
Principal Investigator |
三上 喜孝 国立歴史民俗博物館, 大学共同利用機関等の部局等, 准教授 (10331290)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 四天王信仰 / 境界意識 / 東アジア世界 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、フィールド調査として中国・四川省・重慶市にある大足石窟の調査を行った。四川地域の石窟には、唐宋期の毘沙門天石像が数多く残っており、毘沙門天信仰が盛んだった地域である。 中国の唐代において、毘沙門天は敵を退ける対敵の神、護国の神として信仰され、四天王から独立して単独で祀られるようになった。四川地域には、8世紀から9世紀半ばにかけて毘沙門天信仰が受容され、9世紀半ば以降は、独特な形で広がりをみせてゆく。なかでも大足石窟の毘沙門天像はその到達点ともいえる形式を有している。興味深いのは、吉祥天が毘沙門天に近い位置に配置されていることで、日本の東北地方においても、9世紀において毘沙門天信仰と吉祥天悔過がセットになっていたことをうかがわせる事例があり、東アジアにおける毘沙門天信仰の広がりを特徴づける要素として指摘できる。 韓国のフィールド調査としては,百済の都が置かれた公州や扶余、さらには益山の王宮里遺跡や弥勒寺址など、仏教遺跡を中心にしたから出土した文字資料を実見調査した。 また国内においては、島根県立石見美術館において、島根県出雲市の万福寺(大寺薬師)に伝わる9世紀の四天王立像の実見調査を行った。『日本三代実録』によれば、9世紀後半に山陰道諸国において四天王像の前に調伏の法を修することを命じた記事があり、9世紀後半における対外的脅威と四天王立像の造立との関係がうかがえる貴重な資料といえる。仏像の作風は、都にはない独特の様式を持ち、当初は中央からの政策的意図ではじまった四天王法が、地域社会に受容され、平安時代を通じて当該地域の信仰として根づいていった様子をうかがわせる。前年度は、境界地域における四天王法の画一性といった点に注目したが、今年度は四天王信仰の地域社会への内在化という点に注目した。また、福岡県太宰府市の四王寺山の出土遺物についても調査を行うことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記の通り、今年度は中国・四川地域における毘沙門天信仰の広がりについてフィールド調査を行うことができたことで本研究の進展につながった。東アジア古代中世における境界意識、あるいは境界の外に対する対敵意識の特質や広がりを知る上で、四川地域は最もよくその痕跡を残すフィールドであり、毘沙門天像の立地や様式について具体的に調査できたことの意義は大きい。調査期間が短く(4泊5日)、悪路や天候不順の関係で調査できなかった石窟も一部あったことは悔やまれるが、当該地域で最も良好に残る大足石窟については十分に調査ができた。 韓国については、7世紀の百済の副都が置かれたという説がある益山市の弥勒寺や帝釈寺といった、7世紀の寺院から出土する文字瓦・印章瓦について、かなりの点数を実見調査することができた。さらにこれを、百済の都が置かれていた扶余の官北里遺跡出土の文字資料と比較し、両者が酷似することを明らかにできた。これにより、益山の寺院が百済王権を護る寺院として王権側に重視されていたことが明らかになった。この調査に関しては、国立扶余文化財研究所に調査のためのご配慮をいただいたことが大きい。 国内については、昨年度に引き続き日本海側、とりわけ出雲・石見地域の調査を行った。特に重要だったのは当該地域に残る9世紀の四天王像の調査で、出雲地域には、9世紀代の四天王像がいまも残っていることを確認し、四天王法の実践の場として出雲地域をはじめとする日本海側地域が大きな役割を果たしていたことが確認できた。また、大宰府の四王寺山出土遺物の調査を通じて、古代に四天王寺として置かれた場所が、その後も霊場として地域の中で利用されていく実態が想定でき、境界意識としての四天王信仰が時代的にも広がりをみせていたことが明らかになったことも、本研究の進展の一つとしてあげることができるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の研究で、とくに境界地域に残る平安期(おもに9世紀)の仏像が、地域社会の中でいまでも残っていることを、出雲地域の調査で実感した。そしてそれらの仏像は、地域社会の中で長らく信仰の対象となり、画一性の高い四天王法が、次第に地域社会に内在化していく様子を知ることのできる格好の資料であることが明らかになった。今年度はこの視点で、日本海側や東北地方などの9世紀の仏像(とくに毘沙門天像や四天王像)を実見調査し、その立地についてもフィールド調査を行う。 韓国については、7世紀の百済王権を護る役割を果たしていた益山の寺院について、出土資料を中心に引き続き調査を行う。今年度、国立扶余文化財研究所が益山市の帝釈寺の寺域やその周辺を発掘調査する計画があると聞いており、この調査成果についても、可能な限り情報収集を行う。 以上のようなフィールド調査を踏まえつつ、最終年度である本年度は、研究のまとめを行う。東アジアの境界地域における仏教信仰の特質を、具体的な事例に則して、普遍性と地域性という二つの視点からまとめ直すことを試みる。
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Causes of Carryover |
平成27年度は中国・四川省の石窟調査を実施したが、当初は四川地域に所在する複数箇所の調査を予定していたものの、現地案内者の事情により石窟調査自体は一箇所にとどまり、当初予定していた計画の縮小を余儀なくされたた。また、韓国・慶尚北道における古代仏教資料調査も、先方の研究者の事情により今年度実施することが困難となった。 よって次年度使用額が生じることになった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度においては、平成27年度に実施できなかった韓国・慶尚北道における古代仏教資料調査を実施する。あわせて、日本列島の東北地方や山陰地方、北陸地方など、国土の境界地域における古代・中世の仏教信仰の実態を解明するための現地調査をおこない、研究のまとめにつなげる。 また、研究期間において収集してきた資料情報を円滑に集成・整理する必要から、機能性の高いノートパソコンを購入して整理作業をおこなう。
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Research Products
(5 results)