2017 Fiscal Year Annual Research Report
The Categorization of Inhabitants of the Pre-modern Central Ayeyawady Basin under the Konbaung Dynasty
Project/Area Number |
26370838
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Research Institution | Aichi University |
Principal Investigator |
伊東 利勝 愛知大学, 文学部, 教授 (60148228)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | コンバウン王国 / 人種 / 民族 / カラビョー / ビルマ・ムスリム |
Outline of Annual Research Achievements |
実際の王国行政施策のなかでの人の区別・差別の様相について,特に地方村落コミュニティにおけるアフムダーン(王務員)とりわけ,砲兵・銃兵隊として起用されたカラビョー(ムスリム)の処遇を検討した。 まず,19世紀中期王都マンダレーに存在した64ヶ所のモスクに関する文献の収集と,現在も認められる35-75番街付近のモスクやムスリム居住地に関する地図を作成し,その調査をおこなった。そのうちパランボー・モスクは1864年に,砲兵隊であったムスリムに時の国王ミンドンが下付した土地に,またスーレー・モスクは,1856年チャウセーにあったスーレーゴン村に住む砲兵のムスリムに下付した土地に,それぞれ建設されたことなどが判明した。さらに18世紀末の旧都アマラプーラに建てられたモスクや聖人に関する遺跡の調査もおこない,仏教徒と同等の扱いを受けていたことを確認した。 次いで,カラビョーがもっとも多く存在した,地方の旧城市ミエドゥー・ミョウについて,その関係史料を収集し,周辺にはムスリムの村落やモスクが存在し,かつこの城郭内西側にも18世紀にはモスクが4ヶ所に建設されていたことが判明した。また勅令や借金証文等でのカラビョーの扱われ方もあわせて検討した結果,前近代社会におけるこうした「人種」名は,単に出身地や信仰形態の違いをあらわすものにすぎず,社会的な「排除」や「包摂」の手段となっていなかったことが明らかになった。 また,このカラビョーの子孫たる,植民地期以降のビルマ・ムスリムの動向に関する史料を使い,近代国家による集権化は,ひとつの言語や規範によって推進されるので,そうしたなかで形成される政治勢力は,言語や習慣つまり「文化」に強いこだわりを示し,これを運動の原動力とせざるをえず,ここに「人種」が「民族」に転化し,ナショナリズム運動やエスニック闘争が形成・拡大していくことを明らかにした。
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