2015 Fiscal Year Research-status Report
「ハディースの徒」の社会史的研究:スンナ派の形成・浸透過程の解明に向けて
Project/Area Number |
26370840
|
Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
森山 央朗 同志社大学, 神学部, 准教授 (60707165)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | ハディース / ハディースの徒 / スンナ派 / 社会史 / 西アジア / ムスリム社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成26年度から5カ年の計画で遂行している本研究は、スンナ派の形成と浸透の歴史過程を明らかにすることに向けて、10~13世紀の西アジアで「ハディース(預言者ムハンマドの言行に関する伝承)の徒」と称し、ハディースを用いて、社会の様々な事柄をスンナ(預言者ムハンマドの慣行)に根拠づけたハディース学者の知的実践を社会史的に解明することを目的としている。本研究では、この目的に向けて、以下の三つの課題を設定した。すなわち、【課題1:「ハディースの徒」の時代的・地域的分布の傾向の整理】、【課題2:ハディース真正性判定理論の形成・展開の解明】、【課題3:「ハディースの徒」の時代的・地理的分布と傾向の整理】である。 平成27年度は、【課題2】に中心的に取り組み、これまでに収集した「ハディースの徒」が書いた論説や理論書の読解し、ハディースの真正性判定基準をデータベースにまとめていった。その結果、10世紀のホラーサーン(イラン北東部)において、伝達経路の多寡に依拠してハディースの真正性を判定する理論が形成され、その理論が、多彩な内容のハディースについて、真正性の高さを演出する技術を生み出したことが明らかになった。そして、この理論と技術は、11世紀から13世紀にかけて、イラクやシリアの「ハディースの徒」の間でも盛んに研究・活用されるようになり、当時の社会の様々な事柄をハディースに根拠づけて肯定、あるいは、批判する論説が数多く書かれるようになった。 以上の研究の材料となる理論書・論説をより多く確保するために、27年8月にトルコ共和国イスタンブル市とレバノン共和国ベイルート市の図書館などで調査を行い、28年3月にもイスタンブル市で調査を行った。28年3月の調査は、エジプトのカイロを予定していたが、治安面で不安があったためイスタンブルに調査地を変更したものである。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度に中心的に取り組んだ【課題2】に関する研究作業から得られた成果(「研究実績の概要」を参照)は、計画段階で予測されたものとおおむね一致し、したがって、本研究はほぼ順調に進展していると判断される。また、本研究では、ハディースというイスラームの信仰の根幹に関わる宗教的テキストを扱うため、信徒としてハディースを研究している研究者徒の意見交換により、「オリエンタリズム」的になることを避ける工夫を行っている。この面においても、モスクのイマーム(導師)との意見交換や、イスタンブルのイスラーム研究センターにおいて、現代の信徒のハディース研究に触れることなどによって、当初の計画に沿うことができた。 成果発表の側面においては、現代研究者との共同研究において、以下の2点の予想外の成果が得られた。(1)平成27年を通して現代中東情勢に関する研究プロジェクトに参加し、本研究の成果を用いて、スンナの厳格な遵守を標榜する「イスラーム過激派」の思想的系譜を解説したこと。ならびに、(2)東京大学東洋文化研究所が主催した国際シンポジウム、Ulama and Islamists において、本研究の成果を用いて11世紀前後の「ハディースの徒」の知的実践に関する講演を行い、現代のイスラーム主義に与えた影響について、現代イスラーム思想を専門とする内外の研究者と議論したことである。 一方、計画段階より予定されていた【課題1】の成果を英語論文として発表することについては、28年度に持ち越すこととした。理由は、英語論文の準備と【課題2】の研究作業を並行して行っていたところ、「ハディースの徒」の理論と実践における地域的・時代的傾向が予想よりも複雑で興味深いものであることが明らかになり、【課題2】の成果も盛り込んだ論文とした方がインパクトがより大きくなると判断したためである。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28年度に遂行する研究作業としては、本年度に持ち越した【課題1】の研究成果を、27年度に達成された【課題2】に関する研究成果も盛り込みつつ英語論文として発表する。続けて、【課題2】の研究成果を中心として、「ハディースの徒」によるハディースの真正性判定理論の形成と展開の詳細を論じた英語論文の準備を進める。 本研究の前半2年間の成果のとりまとめと発表に関する上記の作業を28年8月頃までに完了し、あわせて、同時期までに、【課題3】の主要な研究材料となる「ハディースの徒」が真正性判定理論・技術を用いて著した論説の写本について、これまでに収集したものを研究協力者の助力を得て整理する。 その上で、8月から9月かけて【課題3】の研究材料となる写本史料の収集を行う。当初の計画ではチュニジアを予定していたが、治安情勢が安定しないので、カイロ(エジプト)、テヘラン(イラン)、イスタンブルのいずれかに変更することを予定している。最終的な調査地の決定は、各地の情勢と本研究にとっての効率などを考慮して決定する。 10月頃から【課題3】に係わる研究作業に本格的に取り組み、29年4月頃までに収集した論説写本全体の読会を概ね終える。その後、研究協力者の助力を得て、読解した論説の主題、構成、形式、内容などをデータベースに整理し、【課題3】の解明に有効な作品を選定した上で、それらの作品を発表された当時の評判などとあわせて多角的に分析する作業を30年3月頃までの時間をかけて行う。そこから、【課題3】に予測される成果、すなわち、「ハディースの徒」が真正性判定理論・技術を用いて社会の様々な事柄をスンナに根拠づけつつ、ハディースの権威を維持するために理論を固定化していったことを明らかにする。 30年度は、研究全体を総括し、それを英語の単著として刊行する準備を進めながら、新研究の準備と構想を開始する。
|
Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた主な理由は、「人件費・謝金」の使用額が、予算の15万円に対して6万4980円と半分以下にとどまったためである。この「人件費・謝金」は、データベースの作成に当たる研究協力者への謝金を使途としているが、平成27年度は、26年度にフォーマットを定めてデータ入力をルーチン化できたデータベースについては、研究協力者に作業を効率的に委託することができた。しかし、研究作業の進展につれてフォーマットを一部変更する必要も生じ、27年度に新規に作成したデータベースについては、フォーマットも新たに考案する必要があった。データベースのフォーマットは、研究作業にとって重要であり、それらの変更と考案は、研究代表者自身が行わざるを得ない。そのため、研究協力者に委託するデータベース関連作業が計画よりも少なくなり、その分、謝金の支出も少なくなった。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
これまでの研究作業で構築したデータベースについて、維持・管理・更新などの作業が必要となる。それらの作業を研究協力者に委託するための「人件費・謝金」に、次年度使用金額10万4530円のうち、5万円程度をあてる。 また、平成27年度は、海外での写本調査の際に生じた文献複写費・写本データ料金が予想よりも大幅に高額となり、そのため「その他」の費目で予算の倍以上の支出があった。28年度も同様の事態が予想されるため、次年度使用金額の5万円程度を写本や文献の複写・データ料金にあてる。
|
Research Products
(2 results)