2015 Fiscal Year Research-status Report
集団的権利としての「民主主義への人権」の規範的正当性と理論的射程に関する研究
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26380008
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
桜井 徹 神戸大学, その他の研究科, 教授 (30222003)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 民主主義 / 人権 / シティズンシップ / 移民 / 入国管理権 / 国民国家 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度は,文化的統合,労働市場,安全保障等の多様な領域で現代世界にインパクトを与えつつある移民問題に,国民国家及びその共同体がいかに対応すべきかという問題を,「国境線の道徳的意義」という古典的テーマと絡めて考察した。その際には,「主権国家の入国管理権の道徳的基礎を何に求めるべきか」という現代的課題を,シティズンシップ(国籍)の意義の――特にEUにおける――現代的変容を参照しつつ掘り下げた。もしリベラルな民主主義国家が「移動の自由」という基本的人権の価値に忠実であろうとするなら,外国人の出入国を管理する国家の権限をいかに正当化できるのかという問いは,重くかつ困難な課題のはずだからである。 このような課題に正面から取り組み,昨年6月29日,30日にナポリ・フェデリコ2世大学(イタリア)で開催された国際会議「復元力――その概念の進化と研究の諸視点」にて,「国籍・移民・市民統合――ナショナル・アイデンティティの復元力」という基調講演を行ったほか,7月1日,2日にサンニオ大学(イタリア)にて開催されたシンポジウム「移住のバイオポリティックス」にて,「正統な民主主義の一要件としての全員一致」という講演を行い,多くの好意的な反応を受けることができた。これらの報告を踏まえ,7月27日からワシントンDC(アメリカ)にて開催された第25回IVR(法哲学・社会哲学国際学会連合)世界大会にて,「市民統合の道徳的妥当性と政治的意味」というタイトルで報告を行い,そこでも活発な質疑と好意的な評価を喚起することができた。 昨年度の後半は,口頭発表したこれらの論文を,公刊に向けて推敲を重ね,出版元に提出することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ルソーが『社会契約論』において,民主的政治共同体の統治主体たる“人民”を安定的に形成するには,その構成員集団が民主的決定過程に粛々と従う旨の“全員一致の合意”を不断に確認することが必要だと論じたことが,本研究の重要な第一歩をなしている。このことから,リベラルな民主主義国家の成員資格――シティズンシップ――の範囲をいかにして決定し,またそれをどのように安定的に維持するかが,民主的な政治的共同体の安定と発展にはきわめて重要な課題となることが明らかである。 平成27年度は,イタリア及びアメリカ合衆国における合計3回の口頭発表を契機に,主に国外の著名な研究者と学術的意見交換を重ねることによって,移民人口の文化的・経済的・政治的プレゼンスの拡大が現代の民主主義国家に深刻な影響と難題を突き付けているという現状を,基本的な諸人権の根拠を「人間の人格」という普遍的概念へと求めてきた近代の法・政治原理といかに折り合わせるかという課題を丹念に検討してきた。その延長線上には,“リベラルな民主主義国家は自らの成員資格をどのように画定すべきなのか”という本研究の中心的課題が横たわっている。 平成27年度は,とりわけイタリアにおける研究発表「国籍・移民・市民統合――ナショナル・アイデンティティの復元力」において,テロリズムを通じて先進諸国の“安全保障”をさえおびやかすに至っているこの“移民”のダイナミックな現代的特徴に注目することを通じて,本研究の射程と深みをいっそう伸長させることができた。その意味で,本研究は現在まで,おおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
20世紀後半以降,基本的人権の根拠がますます普遍的な人間的属性に置かれるようになった一方,主権原理に基づく国家の入国管理権が自明視されている現代世界では,各々の主権国家は,「境界線を乗り越えようとする移住者をいかに処遇すべきか」という難題に直面している。とりわけ自由民主主義国家は,移動の自由や社会権という人権を,国民の成員資格の“限界”と何とか折り合わせなければならない。ここで論じられるべき成員資格の“限界”とは,文字どおり“国民国家の主権の及ぶ限界”すなわち“国境線”と,現代福祉国家における労働力市場や社会権保障が直面している“容量の限界”という2つの意味で理解される必要がある。人間の普遍的人格と個別的なナショナル・アイデンティティとを基礎とする2つの矛盾する倫理的要請を,現代社会はいかにして調整できるのか。現代のEU諸国も突き付けられているこの課題に,私たちは今年度,「入国管理権をはじめとする国家の主権的権力の道徳的根拠」を問い直すことによって向き合わなければならない。 このような観点から,平成28年5月には,トルコのイスタンブールにおいてトルコ共和国法務省が主催する国際会議「国際法曹倫理シンポジウム」にパネリストの1人として参加し,報告「なぜ日本の裁判員裁判は死刑判決を宣告しつづけるのか――国家が承認する殺人をめぐる倫理学」を通じて,現代国家の刑罰権の根拠をあらためて追究する。死刑を存置すべき否かという現代的課題も,凶悪犯罪の犯人さえ有する“生命権”という最も根源的かつ普遍的な人権が,国民から国家権力へと委託された刑罰権によって否定されうるかという,普遍と個別との間の困難な倫理的ディレンマの一例にほかならない。本年度前半は,このような国家の個別的な主権的権力が,普遍的人権を前に,いかに行使されるべきか,又は行使されるべきではないのか,という問題の探究から開始したい。
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Causes of Carryover |
年度末に注文した洋書の納品が遅れたため,年度内に処理することがかなわなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年度に入り,すでに注文した洋書も納品されつつある。このような洋書等の図書の処理からまず進める。
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