2018 Fiscal Year Research-status Report
集団的権利としての「民主主義への人権」の規範的正当性と理論的射程に関する研究
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26380008
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
桜井 徹 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (30222003)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 民主主義 / 国民国家 / シティズンシップ / 移民 / 入国管理権 / ナショナリズム / 人権 |
Outline of Annual Research Achievements |
世界的な移民の増加に伴い、とりわけ先進諸国は、普遍的人権原理と矛盾しないかたちで、いかに移住者の権利を処遇すべきかという難題に直面している。他方で、今日、アメリカのトランプ政権に典型的なように、主権原理とネーションの自己決定権とに基づく国家の入国管理権の強硬な主張と行使が顕わになっている。《人の移動》のグローバルな活発化に直面する現代社会は、普遍的な人格と個別的なナショナル・アイデンティティとに由来する2つの矛盾する倫理的要請をいかにして調整すべきか。今年度は、「入国管理権をはじめとする国家の主権的権力の道徳的根拠」を問い直すことによって、この課題に向き合うことを試みた。 グローバリゼーションの進展にもかかわらず、私たちの基本的諸権利の実現にあたっては、政治的共同体の間の法的“境界線”が依然として重要であることが日々明らかになっている。私は現代世界における法的境界線の重要性を再確認する立場から、2018年7月8日のThe 1st IVR Japan International Conferenceにおいて、“The Borders of Law”という報告を行った。この報告では、デュー・プロセスを通じた自由や平等への権利の実現・保障に不可欠である“法的空間”の観念に注目すべきことを強調した。さらに、基本的な諸権利がいかに特定の法的空間の内部で実現されるかだけでなく、いかに法的境界線が民主的諸価値の実現を妨げることすらありうるかに関心を払うことが重要だと唱えた。このように私は、国境線を越えて自由と平等の実現を推進するプロジェクトにとっては“法の境界線”の根拠とあり方に着目することが喫緊の課題だと主張した。 本報告は、H. Takikawa ed. Rule of Law and Democracy (Archiv fuer Rechts- und Sozialphilosophie Beiheft), Stuttgart: Franz Steinerに収録されて公刊される予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ルソーが『社会契約論』において、民主的政治共同体の統治主体たる“人民”を安定的に形成するには、その構成員集団が民主的決定過程に粛々と従う旨の“全員一致の合意”を不断に確認することが必要だと論じたことが、本研究の第一歩をなしている。リベラルな民主主義国家の成員資格――シティズンシップ――の範囲をいかにして決定し、またそれをどのように安定的に維持するかが、民主的な政治的共同体の安定と発展にはきわめて重要な課題となることは明らかである。 2018年度は、グローバル化の進展とともに経済的・政治的エリートたちや一部の知識人にとって国境線がますます無効化しつつある一方で、かかる可動性を持たないためグローバル化から取り残された人々が、現代国家の国境管理権や都市計画によって社会の周縁部に追いやられ地域に縛りつけられつつある現状に注目した。さらに私は、セイラ・ベンハビブによる領土的国境線と市民的国境線という国境線の基本的区分を採用したが、正当な権限をもつ官吏が国境検問所の通過者を自国民、旅行者、在留外国人、不法移民等のカテゴリーに自動的に区分することが期待されている“市民的国境線”こそが、法理論的には領土的国境線よりはるかに重要な観念であり、半面、領土的国境線はいわば“物象化された”市民的国境線であると評しうる。 私は、この“市民的国境線の優位”の重要な規範的帰結の一つとして、国家的(または領域的)共同体の間の境界線は“法の境界線”(the borders of law)にほかならないと主張した。このようにして、私たちが現代民主主義社会の基本的諸価値を普遍化するプロジェクトの推進をあきらめないかぎり、国境線とは“法的空間”の限界であり、市民的国境線が“法の境界線”の構築にあたり枢要な役割を担っていることを強く唱えた。 このような理論的考察の進捗に鑑みれば、本研究は現在まで、おおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、グローバル化の進展と並行して、なぜ先進諸国でナショナリズムが激しく再興しつつあるのか、そしてこの政治的動向に伴って国家的な市民資格――国籍――の意味がいかに変容しつつあるのかをさらに考究することを通じて、現代主権国家が当然の権限として主張する国境管理権の理論的・哲学的根拠を考え直すという大きな問題に取り組んでいく。これらの難題の延長線上には、“リベラルな民主主義国家は自らの成員資格をどのように画定すべきなのか”という本研究の中心的課題が横たわっている。 ドミニク・シュナペールが断言するように、国民とは「生物学的、歴史的、経済的、社会的、宗教的、または文化的な個別の帰属を市民性によって乗り越えようという野心、……あらゆる具体的な決定の手前や向こうで、市民を1人の個人として定義しようとする野心である」とすれば、個人主義に基づく市民権の抽象性を“国民”観念はおのずと背負わされている。他方、今日のナショナリズムの再興を見据えるとき、「近代的な国民」概念が内包すると言われる“抽象性”が、移民の流入に直面する現代民主主義国家の中でどのような軋みを生んでいるのかを直視する必要がある。このような国民概念の抽象性は、近代国民国家の移民政策にいかなる理論的制約を課しうるのか。逆に、進行するグローバル化と社会の多文化化とは抽象的な市民権の観念そのものにどのような影を落としているのか。この問題が、今年度の本研究の一つの重要な取組みになるであろう。
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Causes of Carryover |
今回の科研費助成事業の重要な成果の一つとして、論文The Discrepancy Between Citizenship and Economic Life in Contemporary Multiculturalizing Societiesの学会報告及び公刊を計画していたが、研究科長・学部長業務の多忙及び親族(母親)の介護のため、国際学会での報告が2019年度にずれ込んだため。 2019年9月にイタリア・ナポリにおいて開催される国際研究集会に参加して、上掲論文を発表することを予定している。
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