2016 Fiscal Year Research-status Report
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26380106
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
木村 真生子 筑波大学, ビジネスサイエンス系, 教授 (40580494)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 行動経済学 / 投資者保護 / 消費者保護 / ナッジ / 仕組み商品 / 金融教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
行動経済学の知見がどのような方法で、また、どの程度証券規制に応用され始めているのかについて整理を行うとともに、応用事例として、これまで見てきたイギリスのほかに、オーストラリアとカナダの状況を調査した。調査の結果、明らかになった重要な点は以下のとおりである。 第1に、行動経済学の知見が証券規制に用いられ始めたのは、保護対象である「一般投資家」の属性が変化していることである。従来、投資家は、自己責任原則の下で自立した存在であると位置づけられてきたが、技術革新による金融商品の開発が進み、金融商品が過度に複雑化したことから、リーマンショックを契機に、投資家はより保護を必要とする対象として見られるようになってきている。こうした投資家像は、行動経済学の対象である人間像と重なり合うために、「法と行動経済学」によって実践的な問題解決を図る方策が欧米で志向されてきていると考えられる。 第2に、行動経済学のいう「人の限定合理性」が前提となる場合、効果的な規制手法は、ナッジ(Nudge)と強制的な手法のコンビネーションから成る。つまり、規制者は実証研究などによって、まず、行動バイアスを識別・特定し、次に、かかるバイアスによって引き起こされる消費者の損失・不利益に対処するための政策の選択肢を開発・作成する(イギリスのFCAの精力的な取り組みがとくに参考になる)。 第3に、行動経済学の知見が応用されたという点においては等しいが、オーストラリアとカナダを比べた場合、両者では性質の異なる政策が推進されている。すなわち、オーストラリアではより実践的なプロダクト規制を進めている(クレジットカード規制など)のに対し、カナダでは、行動バイアスをある程度取り除いた金融消費者を、自己責任を負担できる「投資者」として育て上げてから市場に送り込むため、「金融教育」を政策の要としている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の研究計画では、平成27年度に行ったイギリスのFCAの取組みについて研究成果を平成28年度の上半期でまとめ、論文として公表する計画を立てていた。しかし種々の理由で完成には至らなかった。理由の1つには、オーストラリアとカナダにおける「行動経済学と証券規制」の研究のために、上半期の6月と7月にそれぞれの国に出張し、現地調査等を行ったことがある。目標の論文の完成には至らなかったが、現在も収集した文献の読み込みと分析を行っており、とくにFCAの報告書であるOccasional Paper No.1とNo. 9の分析を丁寧に進めている。イギリスについては、平成28年度に新たに追加的な文献を収集することができた。 一方で、オーストラリアとカナダの状況を調査することは、平成28年度の研究計画で重点項目として掲げていたことでもあった。したがって、計画通りに研究に着手し、文献収集を行って両国の概要を把握できたという点では、研究は順調に進んでいるかもしれない。オーストラリアでは、行動経済学的な分析手法を用いて行われたアメリカの取組みを参考に、クレジットカード規制の改革が推進されていることが評価されているが理解できたが、近年、証券規制との関係でも、複雑な仕組み商品(とりわけ、ハイブリッド証券)の開示規制について、行動経済学的な手法を用いた取り組みがなされているため、ASIC Report 427を中心に分析を進めている。 カナダについては、消費者保護の観点から、金融教育を推進することを主な目的として掲げるFCAC(Financial Consumer Agency of Canada)について調査を行っている。日本の金融庁に相当する各州の証券委員会とは別に、FCACが独自に行っている取組みにおいて、行動経済学的な知見がどのように生かされているのかを調査している。
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Strategy for Future Research Activity |
研究を開始してしばらくは、行動経済学の考え方が開示の要否を判断するための「重要性(materiality)」の概念にどのような影響を与えうるのかということを中心に調査を行ってきた。しかし研究を進めるうちに、当該論点については学説において比較的議論があるものの、裁判規範にはあまり大きな影響が現れてきていないことが分かってきた。現在では、「行動経済学と証券規制」というテーマの下では、実際に行動経済学の知見がどのように証券規制に生かされているのかを探ることがより重要であると認識するに至っている。最終年度の研究ではこの方針を引き続き堅持し、以下の2つのことを明らかにしたいと考えている。 第1に、証券規制が対象としてきた「投資者」が限定合理性のある「金融消費者(financial consumer)」という存在として位置づけ直されたときに、自己責任原則や投資勧誘規制の在り方をどのように再考すべきなのかについて、また、現行の金融商品取引法上の投資者区分のあり方についても併せて批判的に検証したい。第2に、これまで行ってきたイギリス、オーストラリア、カナダの各国の分析をさらに進める。イギリス、オーストラリアについては仕組み商品規制を取り上げることとし、カナダについては行動経済学の金融教育への影響をまとめることとする。 第1、第2の論点について、それぞれ別々の論文としてまとめ上げることとし、その成果を大学紀要または「証券経済研究」において公表できるように進めていく。
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Causes of Carryover |
当初は3年間で課題に係る全調査を終了し、最後の1年間で分析結果をまとめることにしていたため、最終年度の使用額を10万円程度としていた。しかしながら、研究の進捗がやや遅れたことに加え、研究で明らかにしたいことが変わっていったことから、最終年度にもある程度予算を残しておく必要が生じた。このため、当年度の使用を差し控えたため、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
最新の情報を入手するため、書籍の購入にあてるほか、比較法を行う地での現地調査またはデータベースの使用のために利用する予定である。
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