2015 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
26380244
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
尾崎 裕之 慶應義塾大学, 経済学部, 教授 (90281956)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | 不確実性 / リスク / 最小二乗法 / 非対称誤差 / 失望回避 / 強気と弱気 |
Outline of Annual Research Achievements |
確率変数(実現する状態で、その値が変わる)を実数(どの状態が起ころうが、その値は変わらない)で近似する方法として、最もよく使われるものが最小二乗法である。これを行うためには、まず、近似しようとする当該確率変数からある実数xを引き(これも確率変数となる)、この値を状態ごとに二乗したものの期待値を、各状態に付与されている確率測度を用いて計算する。これは当然、xの関数となるが(xが変化すると、この期待値も変化する)、この関数の値が最小となるようなxを、最良の「近似」と定義するのが最小二乗法である。実は、最小二乗法で求めた最良の近似xが当該確率変数の「平均」と一致することが知られている。また、今のように求めた「誤差」、すなわち、各状態ごとに差を求め、これを二乗して期待値を求めることによって定義される「誤差」を「L2誤差」と呼ぶ。この方法は、まったく同様にして、確率変数を、「より粗い」確率変数で近似するときにも用いることができる。ここで「より粗い」とは、その確率変数の取り得る値の集合が、前者の確率変数のそれよりも少ない、と云うことを意味する。この結果求まった近似を、「条件付期待値」と呼ぶ。関数による近似である以上、条件付期待値も関数であることが重要である。本研究は、以上の手続きにおける「L2誤差」を、より一般的な誤差の計測の仕方で拡張した場合に起こる、新しい数学的結果とその経済学への応用を研究するものである。特に、誤差の値を、近似値が実際の値を超えた場合と、それを下回った場合で、異なるかたちで評価する誤差の特定化の方法を導入し、これを「非対称誤差」と呼んだ。この「非対称誤差」を用いて、新しい数学的事実を証明したことと、それを使った経済モデルで、これまで説明できなかった経済事象が説明できるようになることを示したことが本年度の研究成果である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は次の2つの結果を証明した。当初から予想されていた数学的結果ではあるが、これを厳密に証明できたこと、さらにその非常に直感的な経済学的な解釈を付けることができたことは、大きな進展と考えてよいと思う。(1)悲観の持続性。実際の値よりも大きな値で近似してしまったとき、つまり、過大評価してしまったときの誤差を、その逆のときの誤差より、大きなものと認識する個人を、「失望回避的」と呼ぶことにする。失望回避者の計算する「平均」は、L2誤差を用いる個人のそれより小さいことが、まず分かる。いま、仮に、失望回避的個人が、将来に新たな情報が得られることを知っていたとする。彼女は、この情報を織り込んで、「条件付期待値」を計算するが、これは「研究実績の概要」で述べたように、関数である。したがって、この失望回避的個人は、この関数の「平均」を非対称誤差最小化を行ってさらに計算することになる。わたしが証明したのは、この後者の(繰り返しの結果得られた)平均が、最初の平均よりも下回ることである。L2誤差を用いる個人よりも、より小さな平均値を得るという意味で、失望回避的個人を「弱気」と表現するならば、以上の結果は、「弱気」は、情報獲得によっても、さらに持続する、と解釈できる。(2)エルスバーグ・パラドックスの新解釈。エルスバーグ・パラドックスとは、大変ロバスト(思考実験や、実際の実験によって、何度も確認されているということ)な人々の行動パターンで、一意に定まる確率を用いては説明できないとされている事例のことである。わたしは、情報の得られるタイミングを考慮に入れることにより、失望回避的な個人の行動パターンがエルスバーグ・パラドックスで観察される行動パターンとまったく矛盾しないことを証明した。これは、一意に定まる確率を用いており、エルスバーグ・パラドックスの先行研究にはまったくない、新しい結果である。
|
Strategy for Future Research Activity |
非対称誤差を用いた新しい研究の方向は多岐に渡る。これは、非対称誤差最小化を組み込んだ経済理論モデルが非常に少ない(ほとんどない)ことによる。そのうち、本研究で推進予定のプロミッシングなものを2つだけ挙げるとすれば次のとおりである。(1)失望回避的選好の公理化。一般的な誤差関数を用いた近似によって意思決定をしている経済主体の行動の公理化は、すでに私が完了し、国際会議で報告済みである。この誤差関数をさらに特定化し、特に失望回避的な誤差関数を公理化する作業は、非常に重要で、かつ、まったく手付かずの問題である。本研究計画の残りの期間では、この方向での研究を可能な限り前進させる。(2)失望回避的な誤差関数による「平均」と「分散」を用いたポートフォリオ分析。失望回避的な「平均」は、実は、近似値であり、最適な近似を行ったときの誤差は、分散の拡張になっている。この、「平均」と「分散」は、失望回避の度合いを表す、ひとつの追加的なパラメターで表現できる。この、パラメターの追加による、モデルの自由度の増加が、これまでのポートフォリオ分析で説明できなかった現象を、説明できる可能性がある。私はすでに、この方向での初期的結果を得ているが、数値計算可能な段階まで、さらに研究を発展させたい。
|
Causes of Carryover |
私は現在、西村清彦東京大学教授との共著で、本研究に関わる英文書籍を執筆中であるが、進行が多少遅れたため、英文校正等の依頼が、平成28年度にずれ込んでしまった。すでに、著書本体は、ほぼ完成しているものの、全体のイントロ部分がまだ不完全であり、これを完了してから英文校正の依頼をする予定である。出版社はシュプリンガー社であり、同社を通して、英文校正者も決定している。なお、同書の第13章と第15章が、本研究課題の研究成果を含んでいる。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
上記「理由」で述べた目的のため、平成28年度の支出として平成27年度の支出予定分を充当したい。
|
Research Products
(3 results)