2018 Fiscal Year Annual Research Report
American Radio as a Culture of Voice during the Cold War
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26380708
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
井川 充雄 立教大学, 社会学部, 教授 (00283333)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ラジオ / 冷戦 / VOA |
Outline of Annual Research Achievements |
最終年度にあたる平成30年度は、日本国内における資料調査を行った。日本国内では新聞や雑誌、書籍に掲載された記事等の収集を行い、国際放送の発展過程を考察した。 メディアの観点から見れば、20世紀は、電波の世紀であったと言える。アメリカでは、1920年11月2日にペンシルベニア州ピッツバーグでKDKAが放送を開始した。イギリスでは、1922年11月、イギリス放送会社が放送開始し、1927年1月には国王の特許状にもとづくイギリス放送協会(BBC)となり、今日に至るまでイギリスを代表する公共放送機関として継続している。 これら黎明期のラジオ放送が目的としたのは、ラジオによる国民の文化的統合であった。それは、国内向けの中波放送にとどまらず、短波を用いた国際放送にも展開していく。1928年に海外植民地ジャワ島での受信に成功させたオランダ国営放送は1929年、蘭領東インド向けにPHOHIを開設し定期放送を開始した。その後、フランスが1931年にラジオ・コロニアルを開設し、イギリスは1932年にBBCの帝国放送(Empire Service)を開始するなど、帝国主義の列強が相次いで海外植民地と本国を結びつけるための国際放送を整備していった。これは、国内向けの文化統合のためのラジオの機能を海外植民地にまで拡大していった歩みと捉えることができる。一方で、革命後のソ連が1929年にモスクワ放送を開始し、長く民間主体で放送事業を発展させてきたアメリカも、第二次世界大戦下の1942年になると、国営のVOA(Voice of America)を設置して、ヨーロッパ、次いでアジアに向けての対外宣伝放送を開始した。つまり、革命や戦争を契機として、それまでの国民統合のためのラジオ放送という側面に、プロパガンダメディアとしての海外放送という性格が加わったのである。
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