2015 Fiscal Year Research-status Report
社会的構成主義と思想史的方法論による「真正の学び」論の再検討
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26381014
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Research Institution | Tokyo Gakugei University |
Principal Investigator |
古屋 恵太 東京学芸大学, 教育学部, 准教授 (50361738)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ジョン・デューイ / 近代合理主義批判 / 社会的構成主義 / 革新主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度に行った研究は以下の通りである。 1.「真正の学び」を支える学習理論として、社会的構成主義の学習理論を検討した。例えば、Garrison, ed., (2008)、Hickman, Neubert and Reich(2009)、などである。また、教室での教育実践をより意識したテキストであるPritchard and Woollard(2010)にも考察を加えた。 2.現代における「真正の学び」を教育現場において確認するために、アメリカ出張を行い、1896年にデューイが開設したシカゴ大学附属実験学校(The University of Chicago Laboratory Schools)で、プライマリー・スクールの現在の校長と対談し、教師たち、父兄からもインタビューを行った。また、デューイが開設して以来の同校の歴史を知ることのできる資料を収集し、分析した。 3.日本における「真正の学び」の先行研究を分析した。例えば、中野・柴山(2012)、黒田(2013)、石井(2015)などである。 4.「真正の学び」とデューイの学習論の関係を検討する素材として、デューイの『人間性と行為』(Human Nature and Conduct)の翻訳・検討を研究会として行った。これと関連して、同時代のアメリカ革新主義期の思想史を、Cunningham(2005)、Taubman(2012)などを用いて考察した。2で述べたアメリカ出張の際にも、革新主義期アメリカの思想を知るために、デューイに影響を与えたジェーン・アダムズの活動を記録したハルハウス博物館を訪問し、資料収集を行った。さらに、「真正の学び」の定義を明確にし、その学習過程を構築するための典拠とすることを目指して、デューイの『経験としての芸術』(Art as Experience)のテクスト・クリティークを行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
社会的構成主義の観点からの「真正の学び」の考察、また、思想史的観点からの「真正の学び」の考察、さらに、それらを結びつけるデューイのテクスト・クリティークは、すべて順調に進めることができた。しかし、それらをまとめ上げる形で、論文等の業績を著すにはいたらなかった。 その原因として、社会的構成主義の観点からの「真正の学び」の考察、思想史的観点からの「真正の学び」の考察において、共通した新たな課題が浮かび上がり、それを検討する必要があったことが挙げられる。例えば、シカゴ大学附属実験学校での対談・インタビューを通して、同校では、「経験的学習」(experiential learning)が「真正の学び」と理解されていること、現在アメリカで進行している「標準テストに基づく教育」のためでなく、それを超えるために「経験的学習」が目指されていることを学ぶことができた。ところが、現在の成果主義、それを支える教育に対する合理的統制の思想のもとでは、一般的に、「真正の学び」はグローバル化した社会に適応できる学校教育を意味したり、そのための学習理論である社会的構成主義も、「標準テスト」等で測られる学力の向上の合理的手段と理解されたりしている現実があった。 このことは、思想史にもその対応物を見ることができる。革新主義期アメリカの人格教育運動も精神衛生運動も、近代合理主義を批判して、その枠組みを越えて提起されたはずの教育思想を、近代合理主義の枠内に収めることで展開されていたからである。例えば、デューイの「習慣」概念を受容した教育家・心理学者たちは、子どもたちが悪しき習慣を身に付けてしまい、人格形成に影響を及ぼされることを予防するために、合理的統制を外部から加えるという教育運動へとそれを変換してしまったのである。この変換を回避するための考察を組み込んだ形で研究を進めていく必要があると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、研究代表者は本務校における「研究専念期間」(平成28年4月1日から平成29年1月31日まで)としての一年を過ごすことになる。本研究の課題の成果を含む博士論文の完成が期待されている。そこで、すでに発表してきた諸論考に関する新たな研究、それに伴う大幅な加筆・修正を行うとともに、本研究課題を博士論文の二章分に該当する研究として仕上げていくこととしたい。そのための推進方策は次の通りである。 1.子どもの内面の「ほんもの」(真正)の自己や、それと対照的な、社会の現実のいずれかに「真正性」を見出すのではなく、状況・文脈に基づいて子どもと教材が行う相互作用の過程のうちに「真正性」を見出すことを仮説として、デューイのテクストにその過程の詳細な分析の可能性を求める。平成27年度の研究で、これを行うテクストとして『経験としての芸術』を対象としたが、考察の結果、芸術的探求過程に加えて、科学的探求過程を考察するために、『論理学』(Logic)、『思考の方法』(How We Think)も対象とすることが望ましいことがわかった。このため、これらを含めて、「真正の学び」を成立させる記号媒介的課程の分析を行う。 2.理性的自律とは異なる「真正性」の可能性を求める教育学が、理性や合理的統制に回帰してしまうという問題を念頭に置き、エロスやアプロプリエーションの概念によって、近代合理主義の乗り越えを図ろうとする教育学説にも同様の問題がないかを検討する。エロス、アプロプリエーションの概念も、近年、デューイを再評価する観点として用いられてきたものである。 3.デューイや現代の社会的構成主義、革新主義期アメリカに関する資料収集の便宜や現地の教育学者との発展的議論のために、一定期間、アメリカの大学にvisiting scholarとして在籍して研究を行うことを予定している。
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Causes of Carryover |
物品費については、購入計画に変更が生じたこと。旅費については、外国出張の際に行動範囲を抑えたこと。また、人件費・謝金については、論文発表にはいたらなかったため、資料の整理を他の者に依頼することがなかったことなどが挙げられる。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度は本務校において「研究専念期間」(2016年4月1日から2017年1月31日まで)となる。これを活かして、次年度夏以降、90日以内のアメリカでの滞在を計画し、visiting scholarとして、本研究課題に集中的に取り組む期間としたい。
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