2016 Fiscal Year Research-status Report
中国西南における少数民族文化の教育課程化に関する比較教育学的研究
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26381137
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Research Institution | Kanagawa University of Human Services |
Principal Investigator |
金 龍哲 神奈川県立保健福祉大学, 保健福祉学部, 教授 (20274029)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 文化伝承 / 教育課程化 / 文化多様性 / 中国の少数民族 / 中国西南地域 / 伝統文化 / 教育課程の成立過程 / 危機言語 |
Outline of Annual Research Achievements |
西南少数民族の伝統文化の教育課程化に関する調査および厦門市での方言教育に関する調査を実施した(28年8月19日-9月10日)。 1.前年度の調査を踏まえて、民族文化の伝承に携わっている教師と学校外協力者にインタビュー調査を実施した。トン族に関する調査では、文化伝承の担い手のライフストリーの整理、トン族文字使用の現状とその位置づけ、民族文化伝承の課題を主な内容とし、麗江ナシ族小学校におけるトンパ文字及びナシ文字の教育に関する調査では、授業で民族文字は如何に扱われているか、その文字に関する教育は実際に如何なる形で行れるかについて、授業参観(三年生)、担当教師と校長のインタビューを実施した。一方、厦門では地域文化の伝承について、方言と学校教育との関連に焦点を当て、厦門市が取り組んでいる方言保護政策、方言教材の編集、方言能力試験など、政策と具体策について調査を行った。 2.プミ族の民族学校、民族クラスの設置に関する調査は、学校装置そのものの変更を試みた制度設計の特徴に注目して行った。土着宗教の職能者養成を目的とした「ハングイ文化学校」の設置、プミ族の生徒による「プミ族二言語クラス」の設置などがその例で、他の民族文化伝承の教育とは一線を画く動向といえる。 3.少数民族の信仰体系と宗教的職能者に関する予備調査を実施した。土着宗教における職能者の後継者不足は、中国西南の少数民族が共通に直面した課題である。文革以降、宗教を巡る環境が好転し始めたにもかかわらず、後継者不足の問題がなかなか解消されないのは、急激な社会変化の要因の他に、その伝道システムにも原因がある。調査では、寧浪県永寧郷のモソ人の土着宗教であるダバ教の職能者の後継者問題について予備調査を実施し、西南における宗教的職能者の現状に関する調査のための枠組みを作製した。 調査の結果は、日本比較教育学会、アジア教育学会等において報告を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の調査と研究活動はおおむね計画通りに進んだ。 先ず、少数民族の伝統文化の学校教育への導入において、先駆的役割を果たした榕江県の車民小学校における調査が順調に進んだことが挙げられる。校長、担当教員、保護者、教育行政部門等の関係者との協力を得つつ、多角的に民族文化の教育課程化のプロセスと実施過程及び直面している課題等について現状を把握することが出来た。白沙小学校での調査も予定通り順調に進んでいる。 次にあげられるのは、民族文化の伝承のための新たな試みについて調査を行い、その動向を把握できたことである。プミ族の「ハングイ文化学校」、「プミ族二言語クラス」の設置の背景と経緯、その運営状況を含む新しい動きは、文化多様性の保全に寄与する学校教育の在り方を考える上で多くのことが示唆される。概ね失敗に終わった事例といえるが、その原因の究明は多くの要素が絡み合う複雑な課題であり、更なる調査が必要である。今後、順調に展開しつつある事例(例えば、イ族の宗教的職能者育成を目指す学校など)と照らし合わせて比較的考察を行うことで、新たな研究領域の開発が期待されるのである。 最後に揚げられるのは、中国における方言を巡る新たな動向に関する調査を加えたことで、少数民族の文化の問題と地域の文化をマジョリティとマイノリティ、「中心」と「周辺」の視点でとらえなおすことの必要性が明らかになったことである。この視点を導入することによって、文化多様性の保全を目指す教育の在り方を考える上で、より総合的で、より多角的なアプローチが可能となるのである。
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Strategy for Future Research Activity |
本プロジェクトの最終年度に当たる平成29年度においては、次の二点を中心に調査を展開する。 ①前三年間の調査研究の成果をまとめる為に必要なデータを更なる調査を通して補充する。最終報告書を作成するに当たって残された課題がいくつか明らかになっているが、貴州省榕江県車民小学校、雲南省麗江市白沙小学校、寧浪県永寧郷浪放小学校、落水小学校等における調査を通して検証する。調査のポイントは、民族文化は如何なる過程を通して教育課程として成立するのか、民族文化の伝承における学校の果たすべき役割とその限界とは何か、文化多様性の保全のための学校のカリキュラムは如何にして開発するか、である。 ②研究をさらに発展的に展開するための予備調査の実施 少数民族の文化は、学校制度という装置によって伝承(or消滅)されるものと、学校外の装置(儀式、行事、祭、慣習等)によって伝承されるものとがあるが、それと大きく関わるのが民族文化の核心とされる信仰体系(価値観、世界観を含む)の在り方であり、またその信仰体系の当該民族と社会における位置づけである。文化の多様性は、実のところ、信仰体系の多様性であるといっても過言でない。少数民族の信仰体系は如何にして維持されるか、それを担うのは誰か、信仰体系の担い手は如何に育成され、現在如何なる状況にあるか、文化多様性の議論において等閑視されがちなこの問題にメスを入れ、予備調査を実施する。
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Causes of Carryover |
平成27年度の現地調査で、貴州省凱里市在住の元榕江県文化館長のZY氏は、トン族の伝統芸能の現状、歌垣の教室入りのプロセス、トン族文化の教育課程化等を明らかにするうえで、専門知識を有する現地の当事者という立場から大きな役割を果たした。ZY氏とはH28年度に調査において、専門知識の提供のほかに、学校現場への動向、歌垣の民間芸能人の紹介、歌垣の世界遺産への登録において決定的な役割を果たした文化人の紹介など、更に協力して頂く約束だったが、H28年の夏季に持病が悪化し他界したため、次年度使用額が生じる結果となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額は、平成29年度の現地調査に活用する予定である。 前年度の予備調査で見えてきた少数民族の信仰体系とそれを支える宗教的職能者の関係は、今までの文化の多様性と教育に関する議論で等閑視されてきた領域であり、先行研究でも言及の少ないのが現状である。この度、信仰体系と宗教的職能者の在り方に焦点を当て調査を実施することは、文化多様性の保全に寄与する教育の在り方を考える上で、また今後の更なる発展的研究を展開していくうえで、重要な意味を持つものと考える。
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