2015 Fiscal Year Research-status Report
社会科教育において競争的合意形成能力の育成をめざす交渉ゲームの開発と評価
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26381198
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
吉永 潤 神戸大学, 人間発達環境学研究科, 教授 (50243291)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 競争的合意形成 / 交渉 / コミュニケーション / ゲーム / 不確実性 / 複数の未来 / アクティブ・ラーニング / 批判的評価能力 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、社会科教育において、国際化、価値多元化社会の進展に対応したコミュニケーションと集団意思形成の能力を形成するため、対立的・競争的でありながら合意を志向するコミュニケーション能力の形成をめざし、そのために、学習者に交渉を体験させる教育ゲームの開発と評価を課題に据えた。当該年度においては、主に以下の3点の研究の進展を得た。 ①既開発の、史実に基づく外交交渉ゲーム「インディペンデンス・デイ」の、主に高校、大学での数度にわたる試行実施の結果、ゲームと同時にゲーム後の振り返り(ディブリーフィング)が極めて重要な教育的意味を持つことが見えてきた。そこでは、自グループのゲーム内容が他グループの結果と比較され、また歴史事実とつき合わされ、当該問題状況における可能な合意形態が客観的に把握される。このような「可能な未来」に関する認識形成が、一方で歴史・社会的事実への批判的評価能力形成に、他方で対立的状況を処するコミュニケーション方策を自ら構想・展開する実践能力形成に意義あるものであることが明らかとなった。 ②ゲームへの学習者の評価を分析することにより、多くの学習者のゲームへの高評価は、確定的な歴史事象がゲーム内では不確実性をはらむ現実となり、自らそれに対処する経験を持つこと、および、コミュニケーションを通じて予想しなかった問題の展開が起こることに面白さや意義を感じていることが明らかとなった。この結果は、ゲーム開発という課題を超えて、いわゆる「暗記物」との見方が付きまとう歴史学習など社会科授業のあり方一般をアクティブ・ラーニング化していく上で大きな手がかりとなると考えられえる。 ③新規に試作したゲームとして、太平洋戦争開戦時の意思決定を軍部と政府に分かれて行わせる討論と交渉のハイブリッド状況を設定したもの、など数点があり、試行と効果検証、および相互の効果の比較がこれからの課題となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究の進捗は主に次の三点に集約できる。 ①理論的進展:交渉コミュニケーションを社会科授業に導入しようとするゲームの開発と評価を経て、現状の社会科学習におけるかなり根本的な問題点が見えてきた。すなわち、既存の多くの学習が、歴史・社会的事実を確定した事実として扱い、学習対象とすることから、学習者の姿勢がどうしても受容的・受動的になるという問題である。社会事象の既存のゲーム教材化事例でも、ゲーム体験を通して社会構造などの理解を図る(たとえば環境問題の発生メカニズム)という点では従来の社会科授業の型を脱していない。これに対し、本研究で開発するゲームは、そこでの学習者のコミュニケーションの営まれ方に応じて未来が変化していくという、社会事象の不確実性を前提としたものである。このように、コミュニケーションを通じてより良い未来を共同で切り開く体験は、まさに民主社会の能動的構成員の育成に資するものであると考えられる。一方、ゲームの持つ教育的意義についても、上述のように複数の未来に開かれた社会観を形成すると同時に、ありうる未来の可能性の幅についての認識を形成する契機となり、それとの対照によって社会的諸事実を批判的に評価する視野を得るという、社会科にとってこれまで意識されなかった意義が見出された。 ②ゲーム開発上の進展:本研究は、戦後史をゲーム化した「インディペンデンス・デイ」という既開発の外交交渉ゲームの試行蓄積と結果分析を重ねてきた。この外交交渉という状況以外の、一つの組織内の意思決定という、より従来我々が経験することの多い状況設定でのゲーム開発を試み、太平洋戦争の開戦如何の意思決定場面を史実に基づきつつゲーム化した。本格的効果検証はこれからの課題である。 ③成果発表:現在までのゲーム開発と結果評価、および理論的考察をまとめ、単著一本、雑誌連載一本、国際学会を含む学術報告数件を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の今後の課題は、主に次の三点と考える。 ①理論的課題:本研究は、今日までの社会科教育が社会的諸事実の確定性・既定性の前提を持ってしまっており、それが学習を受動化している可能性を見出した。いわゆる話し合いや体験も、この前提を持つ限り一定の結論への予定調和をを脱しえない。このことの考察は、今日導入が求められるアクティブ・ラーニングの、能動的な民主社会の構成者を目指す社会科における意義の考察に直結する。一方で、社会科のアクティブ化の有力な方法の一つがゲームであると考えられる。従来の社会科ゲーム教材が、いわば「現実の模写」であり、それゆえ社会事象理解の補助役にとどまったとすれば、本研究の開発するゲームは「可能性の開拓」ともいうべきタイプのものであり、民主社会の形成者の育成にとって主役を務めさせてよいものと考えられる。このように、社会科におけるゲーム教材のあり方について新たな考察を展開する必要性が意識される。 ②開発・評価課題:ここまで本研究は、相互に外部性の強い当事者同士の利害の不一致をテーマとした交渉型コミュニケーションの体験を組織するゲーム開発と評価を行ってきた。より一般的な状況として、ある社会組織内(たとえば一国内)の意思決定のあり方をめぐる競争的合意形成のコミュニケーションをゲーム化する必要が感じられ、すでに試作と大学での試験実施を行った。これは、社会科授業ですでに実施例の多い討論の状況に、交渉的要素を加味するという意図もある。さしあたりの課題は、試作ゲームを高校段階で実施し、効果や課題を確認することである。 ③成果発表の課題:実践面と理論面とがある。実践面では、開発と効果確認を経た交渉・コミュニケーションゲームを公開し、社会科実践の活性化に資することである。理論面では、社会科におけるアクティブ・ラーニングの意義と方法の考察を整理し、問題提起を行うことである。
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Causes of Carryover |
端数として発生した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度計画の研究報告書作成費に加算して執行する。
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Research Products
(13 results)