2015 Fiscal Year Research-status Report
メゾスコピック量子導体における非平衡熱電効果と揺らぎの定理
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26400390
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Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
内海 裕洋 三重大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (10415094)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 非平衡・非線形物理 / メゾスコピック量子輸送 / 半導体ナノ構造 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、量子導体の電気伝導を念頭に、発熱によるエントロピー生成が「量子揺らぎの定理」に与える影響を明らかにすることを目的としている。平成27年度は主に以下の成果を得た。 1)量子ドットに電位差を印加したとき、流れる情報量の分布を研究した。 情報量の演算子を、左の電極以外の自由度を積分した縮約密度行列の対数として定義し、それを用いた情報量の分布を提案した。この分布の期待値はエンタングルメントエントロピーとなる。本研究結果の意義は、電子間相互作用を摂動的に取り入れる計算手法を開発した点、正の整数次のRenyiエンタングルメントエントロピーを情報量の分布の特性関数(分布のフーリエ変換)と関係づけ、Renyiエンタングルメントエントロピーの意味を解釈した点、である。また実際に、相互作用をHartree近似の範囲で取り入れた計算を行い、その影響は情報量の分布の上限に現れることを明らかにした。 2)微小強磁性トンネル接合について、揺らぐ非平衡スピントルクによるナノ磁石の磁化反転確率を研究した。この問題は、準安定状態に束縛された粒子が、ガウス揺らぎを受けて準安定状態から逃れる確率をもとめる古典的問題(Kramer’s escape rate problem)において、ガウス揺らぎを非ガウス揺らぎに拡張したものと位置付けることができる。困難な点は、非平衡スピントルクの揺らぎは搖動散逸定理では記述できず、揺らぎの定理を用いて決める必要だという点にある。本研究では微小強磁性トンネル接合を熱機関ととらえ、微小エンジンの揺らぎの定理を満たすよう、揺らぎの分布を決定した。具体的にナノ磁石が強磁性絶縁体の場合に適用し、スピントルクの揺らぎの分布を完全係数統計理論を用いて決定し、閾値電圧の存在を予言した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度以降の当初の研究計画は、2次元電子系の空間的な温度分布が揺らぎの定理に与える影響を明らかにすることである。一方で、一年目(平成26年度)の研究を通じ、「量子系においての熱とエントロピー」および「微小エンジンについての揺らぎの定理」についての新たな知見を得た。これは当初は予期していなかったが、平成27年度においては、これらの知見の展開を重点的に行った。成果は論文、”Full counting statistics of information content in the presence of Coulomb interaction”, Phys. Rev. B (2015)(Editor’s Suggestion)および"Fluctuation Theorem for a Small Engine and Magnetization Switching by Spin Torque", Phys. Rev. Lett. (2015)に出版された。 なかでも「量子ドットに電位差を印加したとき、流れる情報量の分布」の結果について、当初の研究計画のキーワードである、熱と電流と揺らぎの定理に、情報エントロピーの揺らぎ、を加える手がかりを得ることができた。具体的には、メゾスコピック量子導体の微視的なモデルハミルトニアンから出発し、エンタングルメントエントロピーを系統的に計算する一つの手法を提案することができた。先行研究では、トンネル結合の弱い場合に限られ、既知の結果が再現できていなかった。また相互作用がある場合は、非平衡定常状態でのエンタングルメントエントロピーの計算は過去には行われていなかった。我々の方法は、既知の結果を再現し、さらに標準的なダイヤグラム展開をもちいて、相互作用を系統的に取り入れることができる。 以上の理由から、おおむね順調に進んでいると自己評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度の平成28年度は当初の計画に従い、電極の電子ための過熱の効果についてまとめ、実験とのずれについての検討を行う。具体的には、電極電子の過熱の効果について、電子緩和の効果を検討したうえで論文としてまとめる予定である。さらに、平成26年度におこなった、量子2準位系を外部から駆動し、弱く結合した環境(熱溜め)に放出する熱の確率分布の研究についてフォローアップを行う予定である。 当初の研究計画と並行して、平成27年度での成果、「量子ドットに電位差を印加したとき、流れる情報量の分布」についての研究を発展させたいとを考えている。情報量の流れの揺らぎについて、熱流の揺らぎとのアナロジーを手掛かりに、Stochastic thermodynamicsの視点から情報量の流れをとらえる試みを行う。たとえば、熱流と電流の同時確率分布とのアナロジーから、情報量の流れと電流の同時確率分布を導入し、電子が運びうる情報の効率について検討することを考えている。また、情報量の流れと熱流の同時確率分布を考察し、情報エントロピーと熱力学的エントロピーの統計的な揺らぎの性質を考察することも考えている。
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