2015 Fiscal Year Research-status Report
感覚刺激強度の記憶と行動選択の分子・神経機構の解明
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26430007
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
國友 博文 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (20302812)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 学習 / 記憶 / 線虫 / 化学感覚 / 神経回路 |
Outline of Annual Research Achievements |
過去に経験した匂いや味の感覚刺激が脳に記憶される仕組みや、その記憶に基づいて行動が制御される仕組みは、十分には解明されていない。私たちは、神経系の働きや行動を分子レベルで解析するのに適したモデル生物、線虫C.エレガンスを用いて、学習と記憶の仕組みを明らかにすることを目指している。土壌に生息する線虫は、塩(塩化ナトリウム)の濃度勾配上に置かれると、過去に餌を経験した塩濃度に向かい飢餓を経験した濃度を避けるように行動する(塩濃度走性)。塩濃度または餌のいずれかの条件を変えると行動が変化することから、塩濃度走性は餌と塩濃度とを関連付けて記憶する連合学習と考えられる。この学習では、記憶された塩濃度と現在の塩濃度との差に基づいて味覚神経ASERから一次介在神経(AIA, AIB, AIY)へのシナプス伝達効率が変化する。昨年度は、感覚刺激から行動に至る過程でこれら3種類の介在神経が部分的に重複して情報を伝達していることを明らかにした。 ASERから介在神経へのシナプス伝達機構を調べる目的で、グルタミン酸神経伝達に関わる遺伝子の変異体の行動を観察した。その結果、小胞型グルタミン酸トランスポーターeat-4の変異体で塩濃度走性が著しく欠損し、その表現型はeat-4の機能をASERで戻すことにより部分的に回復した。この結果は、塩濃度走性の少なくとも一部はASERからのグルタミン酸神経伝達によって制御されていることを示す。後シナプス介在神経で働くグルタミン酸受容体の候補について変異体の行動を観察したところ、単遺伝子の変異で顕著な表現型を示すものは無かった。一種類の介在神経で複数の受容体が重複して働いている可能性がある。あるいは一種類の介在神経ではおもに一つの受容体が働いていたとしても、上述のように重複した機能をもつ他の介在神経を介して情報が伝達された可能性が考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
グルタミン酸受容体変異体の表現型解析は当該年度の推進方策に沿って実施したが、当初目標としていた受容体の特定には至っていない。これまでは候補受容体の変異体の表現型を塩濃度走性により評価した。介在神経が重複して味覚神経からの情報を伝達していることを考慮すると、個々の介在神経に着目して解析を進める必要がある。そのために必要な研究試料を準備した。各介在神経では、それぞれ異なる組み合わせで複数のグルタミン酸受容体が発現することが知られている。受容体の機能的冗長性を検討するため、多重変異体を作製した。 記憶は、形成のメカニズムや保持される時間の違いから短期記憶と長期記憶に分けられる。長期記憶の形成には、一般に、新規の転写・翻訳が必要と考えられている。特定の塩濃度と餌を組み合わせて繰り返し線虫に提示すると、線虫がその条件を記憶している時間が一回のみの提示に比べて長くなる実験結果が得られていた。線虫で長期記憶を形成できれば、その機構を遺伝子レベルで探る良いモデル実験系となる。そこで、長期記憶実験系を確立するための条件検討を行った。反復条件付けにより記憶の保持時間が長くなることは確認できた。しかし、行動の定量で評価した長期記憶の程度は従来観察された結果に比べ極めて小さく、またそれは新規の転写・翻訳に依存しないものだった。この結果は、反復条件付けによる記憶の延長が一般的な長期記憶とは異なる仕組みによって起きている可能性を示唆する。一方で、従来の実験結果を完全には再現できていないという課題がある。実験条件の振れから長期記憶の形成が不十分な個体が含まれた状態で行動を観察したため、このような結果になっている可能性もある。実験条件を厳密に管理し再度試みたい。 以上のように、研究計画の一部の項目に生じた問題の解決に労力を要したため、全体として大きな進展には結びつかなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
1)塩濃度走性を制御する神経回路の動作機構の解明:引き続き、味覚神経から介在神経への伝達機構の解明に取り組む。塩走性行動のうち、低塩濃度に向かう神経機構は全く未解明である。この行動には一次介在神経のうちAIYの寄与が大きいことが分かっているため、味覚神経からAIYへの伝達機構に集中して解析する。(a) グルタミン酸受容体の変異体を用いてAIYの神経応答を観察することにより、塩の情報伝達に関わる主要な受容体を同定する。(b) 一次介在神経のうちAIYのみを生かした株にグルタミン酸受容体変異の遺伝的背景を導入し表現型を観察する。(c) グルタミン酸受容体の多重変異体の表現型を観察する。 2)塩化物イオン調節機構の塩濃度走性における役割:ClC型クロライドチャネルをコードするclh-1遺伝子のミスセンス変異体が塩濃度走性に欠損を示すことを見出している。細胞特異的機能回復実験によりCLH-1の機能細胞を特定する。興味深いことに、clh-1の欠失変異体は塩濃度走性に欠損を示さない。また、得られた点変異は遺伝学的には劣性である。従って、変異体のCLH-1タンパク質は野生型とはやや異なる機能を持っている可能性が示唆される。変異型CLH-1の生化学的な性質を調べることにより、塩走性における塩化物イオン調節機構の役割を明らかにする。
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Causes of Carryover |
プラスチック器具が予定より廉価に購入できたことに加え、ガラス器具などの消耗品の支出がやや少なかったため、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今後の研究の推進方策に記述したように行動分析を引き続き実施するため、継続的にプラスチック器具や培地を購入する。神経応答の観察やCLH-1の生化学的解析に着手するため、新規な試薬・消耗品の購入が必要である。次年度使用額はこれらの購入に充てる。
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Research Products
(9 results)
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[Journal Article] Structural basis for Na(+) transport mechanism by a light-driven Na(+) pump.2015
Author(s)
Kato HE, Inoue K, Abe-Yoshizumi R, Kato Y, Ono H, Konno M, Hososhima S, Ishizuka T, Hoque MR, Kunitomo H, Ito J, Yoshizawa S, Yamashita K, Takemoto M, Nishizawa T, Taniguchi R, Kogure K, Maturana AD, Iino Y, Yawo H, Ishitani R, Kandori H, Nureki O.
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Journal Title
Nature
Volume: 521
Pages: 48-53
DOI
Peer Reviewed
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