2016 Fiscal Year Research-status Report
感覚刺激強度の記憶と行動選択の分子・神経機構の解明
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26430007
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
國友 博文 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (20302812)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 学習 / 記憶 / 線虫 / 走化性 / 神経回路 / 塩素チャネル |
Outline of Annual Research Achievements |
学習は刻々と変化する環境にうまく適応し生存競争を勝ち抜くために必須であり、その能力は比較的単純な神経系をもつ動物にも備わっている。土壌線虫C.エレガンスは、塩の濃度勾配上に置かれると餌を経験した塩濃度に向かい、飢餓を経験した濃度を避けるように移動する(塩濃度走性)。行動の変化には餌と塩濃度いずれの条件も必要なことから、塩濃度走性は餌を無条件刺激、塩濃度を条件刺激とする連合学習と考えられる。過去に経験した刺激によって神経回路に残された生理的な変化が記憶であり、記憶に基づいて従来とは異なる応答行動が生じるようになることが学習と考えられるが、それらの実体や仕組みを分子レベルで解明した研究は少ない。我々は線虫の塩濃度走性を学習のモデルとして、記憶と学習の分子・神経機構を明らかにすることを目指している。 学習に関わる新奇遺伝子を探索するため、塩濃度走性に欠損を示す変異体を単離し原因遺伝子を同定した。その結果、独立に得られた2つの変異体がClC型クロライドチャネルをコードするclh-1遺伝子にミスセンス変異をもっていた。ClCチャネルは種を越えて広く保存されており、CLH-1と相同性の高い哺乳類のClC-2は、膜電位を過分極させ神経細胞の興奮を抑制することが示唆されている。得られた変異体は、いずれも野生型に比べて高い塩濃度に向かう傾向を示した。興味深いことに、CLH-1の機能が喪失する欠失変異体では、塩走性の異常は見られなかった。また遺伝学的解析の結果、変異アリルは野生型アリルに対して劣性と判明した。これらの結果は、ミスセンス変異を持つCLH-1は野生型とは性質の異なるチャネルを形成し、野生型分子の存在下ではその性質が現れないことを示唆する。ClCチャネルは2量体を形成するため、ミスセンス型分子がホモ2量体となったときにのみ変異型の性質を示す可能性が考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
clh-1に加えて、塩濃度走性変異体の原因遺伝子としてdgk-1のナンセンス変異を同定した。線虫のゲノムにはジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)をコードする遺伝子が4個あり、dgk-1はその一つである。DGKは細胞内のジアシルグリセロール(DAG)シグナル経路を負に制御するため、dgk-1変異体では逆にそのシグナルが亢進していると予想される。塩濃度走性では、味覚神経ASERのDAGシグナル経路を活性化すると一次介在神経AIBへのシナプス伝達が亢進し、高塩濃度へ移動することが知られている。dgk-1変異体は野生型に比べ高塩濃度への走性を示し、その表現型はASERで正常なdgk-1を発現させることにより部分的に回復したことから、ASERにおけるDAGシグナルの亢進が表現型の原因であることが明らかになった。 神経回路の解析では、ASERからAIBへのシナプス伝達の機構の解明について進展があった。小胞性グルタミン酸トランスポーターをコードするeat-4、またはAMPA型グルタミン酸受容体のglr-1の変異体ではAIBの塩刺激応答がほぼ完全に消失した。塩濃度走性にはASERのグルタミン酸シナプス伝達が必要なことが行動実験から示されており、これと一致する結果となった。また上述の結果は、塩応答においてAIBではたらく主要なグルタミン酸受容体はGLR-1であることを示している。 長期記憶形成に関わる遺伝子の候補としてCREB転写因子crh-1のはたらきを調べた。crh-1変異体は高塩濃度・餌あり(高い塩濃度へ移動)から低塩濃度・餌あり(低塩濃度へ移動)への順化が野生型に比べて遅いことを見出した。さらに、CRH-1Aアイソフォームを過剰発現すると、低い塩濃度への走性が促進された。これらの結果は、CRH-1が塩走性行動の切り替えに関与している可能性を示唆している。
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Strategy for Future Research Activity |
1)ASERから一次介在神経へのシナプス伝達機構の解析:行動実験から、glr-1単独変異体またはAIBのみを破壊した個体は塩濃度走性に部分的な異常しか示さず、他の介在神経AIYとAIAが協調してはたらいていることがわかっている。ASERからそれらの神経へのシナプス伝達の機構について調べる。はじめに、細胞破壊によって低塩濃度に向かう行動に大きな欠損が出るAIYへの伝達機構を解析する。ASERは塩濃度の低下により脱分極する。一方AIYは塩濃度の上昇によって脱分極することから、ASERからAIYへのシナプス伝達は抑制性であると予想される。グルタミン酸依存性クロライドチャネル等の変異体を用いてAIYの神経応答を観察することにより、塩の情報伝達に関わる主要な受容体を同定する。 2)塩濃度走性におけるCLH-1の役割:変異型CLH-1の生化学的な性質を調べることにより、塩走性における塩化物イオン調節機構の役割を明らかにする。まず、Xenopus卵母細胞を用いた電気生理実験により、CLH-1のミスセンス変異が塩素チャネルの性質に与える影響を調べる。細胞特異的機能回復実験から、CLH-1はASERで機能することがわかっている。変異体のASERの塩応答を調べ、チャネルの性質の変化が塩応答に与える影響を解析する。
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Causes of Carryover |
プラスチック器具が予定より廉価に購入できたことに加え、ガラス器具などの消耗品の支出がやや少なかったため、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今後の研究の推進方針に示した行動分析、神経応答の観察やCLH-1の生化学的解析のため、新規の試薬と消耗品の購入に充当する。
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