2015 Fiscal Year Research-status Report
クロショウジョウバエ区の系統進化に関する包括的研究
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26440203
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Research Institution | Hokkaido University of Education |
Principal Investigator |
渡部 英昭 北海道教育大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (10167190)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ショウジョウバエ / クロショウジョウバエ / 系統進化 / 全北区 / 東アジア / 適応放散 |
Outline of Annual Research Achievements |
系統進化に関する研究,野外生態に関する研究,およびそれらの成果報告を行った。前者に関して,先ず日本列島の冷温帯(渡島半島,下北半島)と中国南西部の低緯度高地(高黎貢山脈,濾沽湖自然保護区)に分断分布しているflavofasciata類(仮称)の比較観察と塩基配列用の新鮮な標本の採取を行った。雲南大学で保管されているクロショウジョウバエ区(the Drosophila (Shiphlodora) virilis section)の標本に華中域山西省の秦嶺山脈で得られたflavofasciata類が含まれていた(中国産はすべて新種)。現在進行中の分子分析では,flavofasciata類は既設のquadrisetata種群と姉妹関係にあり,さらに両者は robusta種群 okadai亜群と近縁関係にあるとの結果を得ている。 雲南大学の保管標本にクロショウジョウバエ区では祖先型に近いangor種群の5新種を発見した。そのうち1種は琉球列島西表島から採集されている種と同種と考えられた。記載のために量的形質の計測と顕微鏡画像入力を行った。現在,新種記載を進めている。 クロショウジョウバエ区の多くは高湿度環境である水辺に偏在して生活している。休息場所,越冬場所を含む微小分布はかなり分かっているが,他の観点からの研究に比べると食性に関する情報を極めて少ない。ショウジョウバエは体が小さいので,野外で何を食しているのか調査するには限界がある。そこで27年度は野外で成虫を生きた状態で捕獲し,摂取された食物が消化される前に実験室に持ち帰り,消化管内容物から食性を調べた。 クロショウジョウバエ区の地理的分布と野外生態に関する研究成果を国立遺伝学研究所で開催された研究集会で,起源と系統進化に関する研究成果を大阪府立大学で開催された学会で発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究は申請時の立案した計画に従って遂行されている。第一に食性に関して,渓流依存性が極めて高いDrosophila quadrisetataやD. okadaiのそ嚢(crop)内容物を調べ,興味ある結果が得られた。即ち,樹液食ショウジョウバエのそ嚢内容物をポテトデキストロース寒天培地で培養すると多くの酵母菌コロニーが得られる。しかし上記の種のそ嚢内容物には酵母菌は極めて少い。渓流環境に適応した分類群は濡れた岩の表面に発生する微生物(細菌,カビ類)とその代謝産物を栄養源として利用しているものと考えられた。 第二に光周期反応については,低緯度高地に分布している種についてほぼ完全なデータが得られた。18℃LD:10:14(明期10時間:暗期14時間)の短日条件下で卵巣の発育が阻害される。雄の求愛行動も抑制される。これは生殖休眠が誘起されたことを意味する。温帯進出の鍵は季節変化への適応機能の獲得である。クロショウジョウバエ区の種は低緯度高地で光周期反応を獲得し,このことが温帯進出を可能とした必要条件と考えられる。 第三に中国産のクロショウジョウバエ区の系統学研究に関して,雲南大学に保管されている多数の種を同定した。特筆すべきことはangor種群の多様さであった。angor種群の識別形質の一つはepandrium下部先端の棍棒状突起であるが,Drosophila astuta (新種,仮称)はこの構造を欠いており,クロショウジョウバエ区の他の種と共通していた(祖先種の可能性あり)。雲貴高原は生物多様性が特に高い地域であるが,雲南省の亜熱帯(西双版納地方)から貴州省温帯(雷公山域)までの間でangor種群の標高別分布を分析することもできた。 最後に上記の研究成果をショウジョウバエ多様性研究会と日本昆虫学会で発表し,特に多様性研究会では次世代を担う若手研究者と有意義な討論が展開された。
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Strategy for Future Research Activity |
温帯から寒帯に生息しているクロショウジョウバエ区の形態の比較観察,微小分布や食性の研究,染色体核型,塩基配列の決定などは前年度まででデータはほぼ取り終えている。残されているのは東南アジア熱帯に分布しているクロショウジョウバエ区の研究である。インドネシアのスマトラ島,ジャワ島,スラウェシ島などから得られた標本がインドネシア科学院生物学研究所(ボゴール市区チビノン)に保管されている。今年度はこれらの標本鑑定を行う。熱帯低地にはpolychaeta種群, angor種群, fluvialis種群に属する多くの種が生息していると思われる。熱帯におけるクロショウジョウバエ区の研究は限られていたので,多数の新種が含まれていることは疑いがない。新種記載にとりかかる。また,インドネシアの標高1000m以上の高地には温帯性であるrobusta種群が生息している。アジア中緯度地方の分布している種との系統類縁関係を調べる。 第二の目的は,形態形質と塩基配列の比較研究を基盤としてクロショウジョウバエ区に属する分類群の再検討を行う。具体的にはmelanica種群,姉妹群であるrobusta種群,quadrisetata種群,種群が不詳のflavofasciata complex (日本産Zaprionus flavofasciataとDrosophila calidata, 中国産D. flavophila, D. clefta等)の関係を整理する。インドネシア産のrobusta種群およびquadrisetata種群の代表種を加えて分類体系の再構築を行う。 第三の目的は,東アジア低緯度地帯に発生し,北半球温帯に適応放散したクロショウジョウバエ区の進化プロセスに関する総説を発表することである。 適応放散の移住回廊となった東アジアグリーンベルトの重要性,日本を含む東アジア弧状列島の役割を強調したい。
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Causes of Carryover |
野外調査が極めて順調に進行し,当初計画していた期間より相当短く完結した。2種(Zaprionus flavofasciataとDrosopphila calidata)は希少種なので,生きた成虫の捕獲にはかなりの期間と労力が必要と考えた。前者については下北半島で普通種として塩基配列の分析に十分なサンプルを得ることができた。Drosopphila calidataは1979年の発見以来の総捕獲数は10個体に満たないので,一層の困難を予想していたが,渡島半島で十分な個体を捕獲することができた。 二つ目の理由は,中国雲南大学の共同研究者が各地から多数のサンプルを採集し保管していたことによる。水辺に偏在し飛翔力が高いので捕獲には専門的知識と技術が必要である。一昨年の雲南省無量山自然保護区での調査に同行した雲南大学多様性研究室の研究員が捕獲方法を習得し,野外調査の経費の支出を必要としなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
インドネシアの科学院生物学研究所の共同研究者(Awit,S.博士)によれば,研究所に保管されているクロショウジョウバエ区のサンプル数は相当量と推測される。多くの生物群に関して温帯に比べて熱帯は種多様性に富む。クロショウジョウバエ区の分類・同定には十分な時間が必要なので,旅費の支出および消耗品類の購入を計画し,インドネシアでの研究を推進する。 一昨年,中国雲南省南西部でvirilis種群に属する種が捕獲されている。この種は北海道から沿海州,北欧に分布しているDrosophila ezoanaと近縁種であることまで分かった。virilis種群の種はどれも系統的に極めて近く,地理的亜種も含まれているので正確に種を判定するには各種の交配実験が必須となる。これは3年前の申請書作成の時点では予想できなかったことで,本年度は新たなこの課題を解決する。
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Research Products
(2 results)