2015 Fiscal Year Research-status Report
海水温上昇が温帯域海岸の底生動物個体群に及ぼす未知の影響
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26440244
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Research Institution | Nagasaki University |
Principal Investigator |
玉置 昭夫 長崎大学, 水産・環境科学総合研究科(水産), 教授 (40183470)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 干潟 / 十脚甲殻類 / 幼生 |
Outline of Annual Research Achievements |
熊本県天草の富岡湾干潟に生息する甲殻十脚目スナモグリ科のハルマンスナモグリ個体群は6~10月の大潮時に幼生を放出する。幼生は外海(天草灘)で4週間のゾエア6期を経て、2回後の大潮時にデカポディッド期に達したものが干潟に回帰する。近年の海水温上昇は幼生の発育期間を本来の4週間から短縮させることで、回帰を不成功に終わらせる可能性がある。これを実証するための基礎として、昨年度は、大潮における幼生の放出ピークが一日の中で昼夜・干満周期のいつ起こるのか、また、幼生の浮遊期間を決定する要因の一つとして食物内容を明らかにした。今年度は、まず、幼生の放出タイミングを決める成体の繁殖行動を明らかにした。4月に採集した1組の雌雄を少量の砂を敷いた小型透明容器で給餌しながら飼育したところ、6~8月に3回の繁殖行動(交尾・産卵・抱胚・幼生放出)が見られた。これらを上・下・横からビデオカメラで撮影することで、2回の繁殖時で交尾行動を、1回で産卵・抱胚行動を、また3回とも幼生放出行動を詳細に記録することができた。つぎに、幼生の摂餌時の遊泳行動を明らかにするため、薄型水槽内での餌(珪藻:昨年度に解明)の有無による行動の変化をビデオカメラで撮影し解析した。濾過海水を満たした水槽にゾエアII期とV期の幼生を10個体ずつ入れ、これに珪藻を添加あるいはそのままとした。解析では動画解析ソフト(Kinovea-0.8.24)により幼生の座標を決め、遊泳軌跡を確定した。幼生は珪藻添加海水中でより活発に遊泳した。濾過海水中では昇降運動を激しく繰り返す個体と不活発な個体が存在していた。前者は餌パッチの探索を行っていたと考えられる。珪藻添加海水中では、水平層内で活発に摂時遊泳を行っていた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
海岸に棲む底生無脊椎動物のうち外海に向けて幼生を放出するものは、大潮の強い下げ潮流を利用して沖合に達する幼生数を最大化していると想定される。また、最終齢期の幼生が沖合から海岸へ回帰するときは、大潮時の強い上げ潮流を利用することが知られている。このような幼生の放出―回帰の過程に及ぼす海水温上昇の影響を予測するためには、大潮―小潮周期・一日の干満周期における幼生放出タイミングを特定することがまず必要となる(昨年度)。そのタイミングを決める根本は成体の繁殖行動とタイミングにあり、今年度、これを明らかにすることができた。十脚甲殻類のうちスナモグリ科の仲間は、砂泥底の生物群集の鍵種・浅海生態系エンジニアとして着目されているが、繁殖行動は全く知られていなかった。これは地下深くに達する巣穴に棲む習性があるため、行動の把握が困難なためであった。また、沖合の内部陸棚域でゾエア期の幼生は水深20~60m間で鉛直移動を行い、特に水深20~25mにあるクロロフィルa極大層が植物プランクトン摂餌のために利用されている可能性が先行研究で示唆されていた。今年度の実験結果は、鉛直移動に関わる遊泳が個体の空腹―満腹度に駆動されるkinesisによるものであること、また、幼生は餌(珪藻:昨年度特定)の豊富な水深層では一定時間、定位することを示唆している。水柱の流速は鉛直位置で異なるため、今回の結果は沖合での幼生の輸送・滞留、及び最終的な向岸(=回帰)輸送のしくみを今後明らかにするうえで意義がある。
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Strategy for Future Research Activity |
ハルマンスナモグリ雌個体群の幼生放出が、数日間続く大潮時のいつピークに達するのかを特定する。そのために、干潟で採集される雌個体群における胞胚個体の割合と、胚の発眼状況(有無と眼の大きさ)、非抱胚個体の割合、再胞胚個体の割合の日変化に着目して明らかにする。また、幼生放出後、再産卵・胞胚が連続して行われることが27年度の結果から明らかになったので、これが野外で実際に起こっていることを確かめる。もしそうであれば、夏季、雌成体の胞胚期間は2週間であることが先行研究から分かっているので、個体群の産卵(胞胚)・幼生の放出周期が大潮間隔であることになる。このことにより、海岸から外海に幼生を放出する適応的意義が明確になる。さらに、外海の内部陸棚水域で記録された食物条件に依存したゾエア期幼生の行動を室内実験で再現し、野外における日周・潮汐性の鉛直移動(既知)が空腹―満腹度に応じたkinesisと鉛直移動速度によって説明可能か否かを検討する。さらに、水温に依存したデカポディッド期に達するまでの発育期間を推定する。最終的に、沖合と海岸近くの流速データ(既知)を活用し、近未来の海水温上昇が幼生の海岸への回帰成功度に及ぼす影響について、回帰タイミングの大潮時からの前倒し日数の観点に立って予測する。
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Causes of Carryover |
消耗品として購入した物品が表示金額よりも安く入手できた。予定よりも少ない野外調査回数で研究目標を達成できたため、旅費を少なくすることができた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
物品費のうち消耗品費として使用する。
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Research Products
(1 results)